Mother Love


秋も深まった頃、オスカルは産休に入るため、アントワネットさまの元へご挨拶に伺った。
おれは、従者として、また、オスカルの補佐をする為、同行した。
跪いてご挨拶が出来ないオスカルに陛下は気にしません。と、仰って下さった。

オスカルが窮屈そうにかがんで礼を尽くすと、王妃様は
「オスカル、母になるというのは、・・・
きっとどんなにかしあわせな気持ちでしょうね。・・・」と、言われた。

おれは一瞬ぎょっとした。

しかし、幸せに酔いしれているというか、
人の言葉を素直に受け取る、オスカルが、
「はい!ありがとうございます。
大変、無上の喜びでございます。
女に生まれた喜びをひしと感じております。」

と、答えてしまった時、アントワネットさまの顔色が変わったのを
頭を垂れながらもおれは見逃さなかった。

  **************************

産休に入り、屋敷にこもるとオスカルは、実に暇そうである。
不自由そうである。

階段を降りるのに足元が見えないと、二階にある自室から一階の食堂に行くのにわざわざ『認識のない原因』のおれを呼び出す。おれはオスカルの左腰に手を当て右手を取って誘導してやる。(まるで新婚のカップルみたいだなぁ~なんて幸せな気分にもなる)

奥様はじめ、おばあちゃんも下の部屋に移るよう勧めるが、頑として動かない。

妊婦も少しは動いた方が良いらしく、庭園を散歩するのだが、その折も『認識のない原因』のおれがお供をする。本来の貴婦人ならその位の運動で十分らしいのだが、軍務について毎日馬に乗り、剣を使い、大声で指揮しているオスカルである。
運動不足のようで、太ってしまった。

すると、あまり太るとお産の時、大変だから、・・・もっと動け、と外野がうるさい!

では、庭園だけではなく、外に出かけようとオスカルが言い出す。
そんな事をしたら大変だ!と、おれ『認識のない原因』はたしなめる。


ただでさえ、オスカルが身ごもった事で、宮廷の噂好きの間で誰が父親か?という話題で持ちきりだ。

プレシのフィリップ侯爵やら、ペイラックのジョフレ伯爵、果ては軍人だからとエーベルバッハ少佐、そしてボーフォール公爵にドリアン・レッド・グローリア伯爵…おっと男色家でした。
候補は次々と出てくるが・・・

今のところ誰が見たのか
「ある晩フェルゼン邸から、ひっそりと馬車が、ジャルジェ家へと向かった」
と言うのが有力候補のようである。
まあ、新しもの好きの彼らのことだ、そのうち違う話題になるのだろう。

それではと、オスカルは奇妙なことを始めた。
わけのわからないポーズを取ったり、呼吸方をしてみたり・・・何かと尋ねると『マタニティ・ヨガだ』と言って、おれにも勧めるから、仕方なく向かい合って始めてみた。
・・・ら、意外と面白く二人でハマってしまった。

腹が膨らんでくると、オスカルは奥さまとおばあちゃんが、誂えたシュミーズドレスとかいうのを着せられた。足元が見えにくい。足元にまとわりついて歩きにくい、だの言っていたが。

ある日オスカルの部屋に行くと、嬉しそうにしていた。
どうしたのか尋ねると、ドレスの裾をたくし上げ始めた。

わ~~~~~~~~~~やめろ!
いくら記憶にない○○した仲とはいえ、そんな事するな!

おれが慌てると、オスカルは笑いながら、よく見てみろと言った。
恐る恐る見てみると、ドレスの下にキュロットを履いている。
「・・・なんだ?それ!?」
「ドレスだと、足元がスースーするのでな、履いてみた。中々快適だぞ!」
と、嬉しそうである。やっぱり変わったお嬢さまだ。(そこが可愛いんだけどな)


しばらくすると、オスカルの寝室の隣の部屋で、工事が始まった。
どうやら使用人の部屋のようだ。
その部屋から直接オスカルの寝室へと入れるようにしている。
乳母が入るのだろう、とおれは思っていた。

本気でおれは思っていた!
・・・のであるが、12月に入ったある日オスカルは言った。

わたしは自分で、・・・母乳で育てようと思っている。それからおむつも自分で、変えようと思う。つまり、・・・自分でキチンと育てたいのだ。
と、オスカルらしいとおれ『認識のない原因』は思い、感心した。

だから、・・・と、オスカルは続けた。

ただ、夜中など一人では心もとないので、新しい部屋におまえが住んで助けてくれ!・・・
と、言ったのでおれ『認識のない原因』はぶったまげた!

オスカルの寝室と続きの部屋に住めだと~~~~~
そんな!同じ屋根の下で暮らしているだけで、過ちを犯しそうに、・・・
いや、もう過ちを犯したのだが、・・・

隣の部屋に寝て、赤ん坊が泣くたびに、おまえの寝室に入れと言うのか!?
『認識のない原因』とはいえ、すっげー罰だ!

おばあちゃんもそんな事許されない。と、ましてや母乳で育てる、など貴族のお嬢さまに許されることではない。
とブツブツ言っている。

しかも、父親の名を明かさないのも、おばあちゃんの不機嫌の原因だった。
しかし、オスカルは頑として受け付けない。
奥さまは微笑んでいるだけだ。

元々、あまり会話のないと言うより、共通の話題がなかった、母娘であったが、
オスカルが身ごもってから、隊長もとい(これ、お約束ね)、体調の変化のことだの、子育てのことなど、日々話題に事欠か無くなったようで、奥さまは娘が、自分を頼りにしていることに嬉しそうである。

自分で育てる!と宣言しただけあって、元々そうなのだが、出産・育児の勉強も熱心にしているようだ。
奥さまに尋ねてみたり、おれが毎月買って来る「たまごクラブ」「ひよこクラブ」も熟読している。おれにも読めと薦める。
こんな風に育つのかと楽しそうだ。

そしてまた下知が下った。
「アンドレ、生まれて数か月すると離乳食というのを食べさせるらしい。

おまえ研究しておけ!」
「・・・え?そんなのおばあちゃんに頼めば良いだろう?ベテランだし・・・」
「何を言っている!その頃には既に復職している。
宮廷のジャルジェ家の控室に、厨房を作るから、そこでおまえが、作るのだ!」

「・・・こ!・・・子どもを連れて軍務に付くのか?」
「当たり前だ!乳もあげねばならん。連れていくぞ!
25日までには生まれるのだ。
年初の両陛下へのご挨拶には、お伺いする!」


聞いたことないぞ、聞いたことないぞ!
子連れの軍人なんて!!!
なんて、オスカル、なんて、おまえらしいんだ!
涙が出そうだ!おれ、おれ、イクメンになるのね。・・・

  **************************

12月も20日を過ぎると、オスカルは苛立ってきた。
出産が近づくと、腹の子どもは、あまり動かなくなるらしいのだが、相変わらず元気に動いているようだ。

誰に似たのかな?!と『認識のない原因』の顔を見て、ニヤリと笑う。

頼む!おれは、のんびりしているようで、結構先回りして、物事を進めているのだぞ。

24日になっても、何事も、起こらなかった。

いい加減、オスカルは苛立ってきたが、おまえは25日の昼過ぎに生まれたのだろう、それまでは18歳だ。と、告げたら、少し落ち着いたようだ。

晩餐が終わり、旦那さまも奥さまも、のんびり過ごすよう告げて、部屋に引き上げた。おれはいつも通りに、オスカルの手を取って、階段を上りオスカルの居間へと導いた。ショコラを所望したので、厨房に降りて行って頼むと、丁度良い飲み頃まで待った。

出来ると、階段を一段抜きに走って、オスカルの元へと届けた。最近のおれたちの会話の中心は子どもの名前だ!もちろん、オスカルは男の子が生まれる事しか考えていない。

父親の名乗りが出来ない、おれの為に、おれの父親の名前をもらおうと、案が出たのだが、残念ながら、グランディエ家では、長男は代々『アンドレ』なので却下となった。では、母方のおじいちゃんの名前がいいのではないか、・・・とオスカルが言い出したが、おじいちゃんは、残念ながらと言うより、幸いなことに、まだこのジャルジェ家にいるので、それはまずい!で、却下!そんな話や、こんな話をしながら過ごしていた。

おれの記憶では「たまごクラブ」には、陣痛が始まってから、何時間も苦しむ妊婦もいるらしい。・・・もしかしたら、これからでは、オスカルの、生まれた時間まで、間に合わないのではないのでないだろうか、・・・

おれは、そんな事を考えながら、ウィスキーを舐めるように飲み、オスカルは珍しくショコラを何杯も飲んでいた。・・・本来ならば、こんな夜は、まったりと、お互い酒を酌み交わしながら過ごしたいが、妊婦に酒は禁物だ。幸いオスカルも最近では、酒より甘いものが、欲しいようだ。

この夜も1時を回った頃、
「そろそろ、寝るか?」と、問うおれに、
「もう一杯ショコラを頼む!」という程だ。

こんなにも甘い飲み物、よく飲めたものだ!おれの口には、どうも合わない!やはりおれには、酒の方が良いな、と思いながら厨房に行くと、・・・・・

侍女達が、この時間には珍しく大勢いて、湯を沸かしている。
おばあちゃんもいる。

おれが、降りてきた足音を聞いて、旦那さまも、奥さまも扉からそっと顔を覗かした。
そうか!オスカルの出産を待って、屋敷中がこっそりと、臨戦態勢なのだ!

『認識のない原因』のおれは、みんなに感謝しつつ、ショコラをおばあちゃんに頼む。おばあちゃんはショコラを作ると、頃合いの温度になるまで待たないで、お嬢さまのそばにいておあげ!・・・と言った。

おれは、一段抜きに階段を上ってオスカルの部屋に入った。・・・


オスカルが、縮んでいた。・・・じゃなくて、身をよじって苦しがっている。・・・

「どうした?オスカル!?」
オスカルの背中をさすりながら、おれは、やっとこれが、陣痛の始まり、と悟った。オスカルをベッドに寝かせると、奥さまとおばあちゃんに知らせてくる。と伝えて、部屋を飛び出した。

冷静にしているようで、かなり焦っている。
手も震えだした。
男ってなんてだらしないのだろう。・・・

奥さまは直ぐに、オスカルの寝室に向かった。
おばあちゃんは、侍女達にテキパキと、指示を出した。
おれは、奥さまの後を追って、二段飛びに、階段を駆け上がった。

奥さまが、オスカルの部屋のドアノブに、手をかけようとした途端、
部屋の中から大きな泣き声が聞こえた!

・・・赤ん坊の泣き声だ!・・・奥さまは、一瞬おれの方を向かれて、直ぐに部屋の中に消えた。

おれも続いて入ろうとしたが、後から来たおばあちゃんに、蹴とばされた。
(年寄りのくせになんて素早いんだ!)


オスカルの部屋の前にただ一人残されたおれは、ぼ~~~~~~っと突っ立って、待っているしかなかった。ふと、気配に振り返ると、旦那さまがやはり所在無げに立っていた。

オスカルの妊娠発覚で、突然、ルイ15世陛下との約束を思い出した。行き当たりばったりの伯爵将軍であり、女ばかり6人も設けた『認識のある原因』である。

おばあちゃんが、入ると直ぐに、産湯用の湯がバケツリレーで運ばれだした。おれも、旦那さまも加わった。

途中、おばあちゃんが顔をにゅっと出して「男の子ですよ。おめでとうございます!!」と告げた。おれは、天にも昇りたい気分だった。もしも、女の子だったら、オスカルはもの凄く落ち込むだろう、と危ぶんでいたのだ。

旦那さまも、ホッとした様子だった。

旦那さまが、寝室に当たり前のように入って行った。
おれは、・・・やはり遠慮していると、おばあちゃんが「お嬢さまが、おまえもお呼びだよ。お入り!」と怒った顔で言う。
オスカルが、『認識のない原因』である、おれに、気を使ってくれたのだろう。

寝室に入るとオスカルが、ベッドの上で嬉しそうに、生まれたばかりの赤ん坊を見ていた。おれの姿を見ると、ドヤ顔で笑って見せた。奥さまが、赤ん坊を抱いていて、そっと旦那さまに渡した。旦那さまも、普段見せたことがないくらい、穏やかに笑っていらっしゃる。

旦那さまが暫く抱いて、オスカルの元へ戻そうとすると、
「アンドレ、おまえも抱いてみろ!落とすなよ!(笑)」
と、オスカルが言った。

旦那さまから、そっと赤ん坊を渡される。
ふにゃふにゃして、恐ろしい、・・・
こんなのが、人間になるのか!?・・・
奥さまが抱き方を、教えてくださる。

ふえ~~~~~~!
これから毎晩、
こんな、ふにゃふにゃと、付き合うのか~~~~~!
オスカルは、楽しそうに、見ている。

よく見ると、金髪だった。それもオスカルの金髪ではなく、おれのおふくろに似た金髪だ。おまえ、大した根性だな!隔世遺伝とは!
これなら、おれが『認識のない原因』とは、思われないぞ!
目もブルーだが、少し淡いすみれ色のようだ!

オスカルを見ると、上手くやっただろう!って顔をしている。
参った、参った、流石!お嬢さまです。

奥さまが
「オスカル、名前は?決めてあるのでしょう?」と問いかけた。
オスカルははっきりと
「レヴェーヴァ、・・・レヴェーヴァ・カデュウ」

前々から二人の間で決めていた名前を口にした。
「レヴェーヴァ!・・・良い名だ!わしが立派な軍人に育ててやるぞ!」
と、旦那さまが言う。

すかさずオスカルが、
「いいえ、父上!わたしの子どもです。わたしが育てます!」と断言した。

BGM I Want It All
By QUEEN
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