翌朝、おれの予想通り、オスカルは、奥さまの部屋から出てこなかった。

おれは、アラスへの移動の計画に加えて、家事・育児・・・。
その上、3階の高貴な人々の世話。
これが一番厄介だった。

・・・で、頭をいっぱいにしたいが、頭も心もオスカルの事でいっぱいだった。
多分、今も、奥さまの枕辺にいるはずである。
そして、昨夜も寝ていない。
おれは、オスカルの血を強く継ぐ次男にボコボコにされた。

もう、亡くなったのだから、傍にいても・・・なんて言えるはずもない。
こういう時に、どうしたらいいのか、散々幼い頃から、オスカルお嬢さまとの付き合い方を伝授していた、おばあちゃんも教えてくれなかった。

兎に角、おれはオスカルが望むよう、アラスに無事に旅立てるよう、3階の方々の事を、考える事にした。この方たちを、どうにかしてしまえば、おれはオスカルの心の傍に寄り添えると思った。

3階の方々は、今でも、高貴な身分でいると思っている。だから、指ひとつ、動かさない。どうやって、この方々を、最低10日間・・・もしかしたら、もっとアラスに滞在するかもしれない・・・残していったらいいのだろうか?

おれは、重い足取りで3階へと朝食を運んでいった。国王陛下が気付いたのだろうか・・・。おれに何か困った事が出来たのか?聞いてきた。女性2人も手を組んで、傍に寄って来た。

おれは、ジャルママの葬儀それに伴う、埋葬について話した。
3階の方々は、下階で何が起きているのか、ほとんど知らなかった。
それもそうだ、こちらから知らせなければ、何も情報源が無いのだから・・・。

すると、未だに自分たちの事しか考えていなかった女性2人は、そんな事か・・・。
この場所が発見されたのかと思った。と言いながら、朝食の席に着いた。

国王陛下ただ一人、おれの元に残って、真剣な表情をしていた。
「アンドレ、おまえ達一家が、留守にしている間、我々はここで、ひっそりとしている事は出来るだろう。

だが、我々はそれしかできない。
やった事が無いのだ。
お茶の淹れ方、ワインの栓の抜き方、着ている物の処理の仕方・・・そんな事はどうでも良い、我慢できるだろう。

だが、食事の準備だ。これは、そなたの話では、10日から2週間と言っている。従って、我々は空腹に耐えねばならない。囚われの身であった私たちにとっては、何でも口にできるだけで、有難いと思っている。大人たちは、水だけでも、どうにかなる。

だが、子ども達を飢えさせることは、親として出来ない。
これさえ解決してくれれば、我々はこの3階に大人しく待っていよう。

ジャルジェ准将の大切な母上であり、武功誉高いジャルジェ伯爵将軍の奥方だ。
大切に葬ってやってくれ」

おれは、深々と頭を下げ、下がった。
暗い中ではあるが、少しだけ光が見えた。

しかし、貧しい人たちは、10日ではなく、年中空腹を耐えているのだ。
もし今のおれに、反論する気力があったら、そう言いきるだろう。

下に戻っても、オスカルの姿はなかった。

そして、キッチンに入ると、気が遠くなってきた。
10日から2週間、腐らないで、しかも、温める事も無く、冷やす事も無く、あの方たちに提供できるものなど思いつきもしなかった。

冷蔵庫に入れておけば、多少なりともしのげる。しかし、あの方々が、冷蔵庫を開けるとは思えなかった。それに、冷凍庫から何かを出して、チンするなんてかなり無理な事だ。

アンドレは、もう一人アンドレがいればいいとまたもや、思った。

すると、相変わらず、アリエノールの叫び声が聞こえてきた。
「パパ~~!来て~~~!お兄ちゃんが、落っこちちゃう!」
アンドレは、こんな時にと、ブツブツ言いながら、叫び声のする方へと走った。

違う意味で、もうひとりのアンドレが、片手で秘密基地へと向かう木の枝にぶら下がっていた。
片手には何だか分からないが、紙包みを握っている。
アンドレにとっては、息子がぶら下がっている場所は、そう高くはなかった。

落ちて来ても、何とか受けとめられるだろう。
「アンドレ!手を放せ!受けとめてやる!」
「イヤだよ~!失敗したらどうするんだ!」

「大丈夫だ!おれも、その位の所から、落ちた事がある。
おれが、絶対にうけとめるから、落ちてこい!
勇気を出せ!オトコだろう!」
アンドレは、木登りの達人だったので、落ちた記憶はあまりなかった。が、そう言う事にしておいた。

「わかった!落ちるから、絶対にうけとめてね!」
「よ~~し!イチ、ニのサン!で、手を放すんだぞ!」

アンドレが、落ちてきた。アンドレが、見事にキャッチした。
落ちてきたアンドレが、えへへ、と笑った。

うけとめたアンドレは、不機嫌な顔をして口をへの字にした。
そして、その手に握っているのはなんだ?
そんな物を持っているから、ヘマをやらかすんだ。
と窘めた。

すると、アンドレは、
「だって、アリエノールが、秘密基地に隠してある、パンを食べたいって・・・」
ここまで言って、アンドレは、両手で口を押さえた。
秘密基地の事を、父親にしゃべってしまった。

一方の、アンドレは秘密基地の事は聞かなかった事にして、
手に持っている『パン』とやらに、興味を持った。

ちょっと、食べてもいいか?
アンドレは、小さな一つまみを食べてみた。
乾燥していたが、パンの味がする。

それを持っていた、アンドレが、『乾パン』だよ。
自慢げに言った。

何処で、手に入れたんだ?

父の思いがけない問いに、アンドレは、戸惑ってしまった。
これは、仲間内の最大級の超秘密だったのである。
(その実は、大した事は無いのだが・・・。)

口を真っ直ぐに閉じて、一言も話さないぞ!と決め込んでいる息子に、アンドレは、懐かしさを覚えた。そして、この場合、仲間になるしかない事も、アンドレは知っていた。

オスカルには言わないから。
男と男の約束だ。

この乾パンがとても美味しいから、父さんにも何処で手に入れられるのか、教えておくれ。

乾パンの入った袋をアリエノールに取られてしまったアンドレは、考えていた。最大級の超秘密だったが、父さんは、僕が落ちそうになったのを、チャンとキャッチしてくれた。

母さんに木から落ちそうになった。なんて言ったら、おばあちゃんが天国に行ってしまって、母さんはとても悲しんでいるのに、もっと、悲しませてしまう。
父さんが、秘密にしておいてくれたら、話してもいいかな?

父さん!絶対、絶対に内緒にできる?
母さんにも、僕が教えたって、絶対に言わない?
母さんに、僕が木から落ちそうになった事も内緒にしてくれる?

先程まで、固く口を閉ざしていた、アンドレがやっと言った。
父親は、頷いて、小指と小指を絡めて、約束した。

息子は、アンドレの手を引いてアパルトマンのある扉の前に止まった。
「ここ。ミシェルの家。ミシェルのおばさんが、期限なんとかだから、みんなで、早く食べてしまってくれって、くれたんだ」

父親は、アンドレに家に帰って、母さんの傍についてやってくれ。そう頼むと、ドアをノックした。隣には、乾パンの袋を持って、ニコニコしたアリエノールが立っていた。オスカルがいない今、パパのお嫁さんの気分である。

おれは、おれの家と似たような玄関をノックした。出てきたのは、おばさんではなく、お婆さんだった。おれは、チョット参ったなあ。と思った。顔見知りだった。しかし、出会うと、挨拶位で済まそうとしても、中々離してくれず、昔話を聞かされるのであった。オスカルも敬遠している様だ。

おれとしては、とっとと、乾パンの購入先を聞いて、退散したい。子どもが、こちらから、乾パンを頂いたと言っているのですが、何処で購入できるのですか?

これで、場所だけ聞ければ用事は済むはずだ。
が、初老の婦人は、何処で聞いてきたのかオスカルの母の死を悼む話から始まって、自分が母を亡くした時の話・・・などなど、延々と話し出した。

おれは、右の耳から聞いて、左の耳から出していたが、かかる時間は同じであった。

そこに、救いのおばさんが、帰って来た。
どこにでも、救いの主はいるものだ。
日頃の行いに、感謝した。
おれは、初老の婦人を無視して、ミシェルのおばさんに聞くと、非常用に保管していのよ。パンフレットを持ってくるわ。

お宅も、もしもの時の為、用意しておいたらいいわ。それと、急ぐのなら、この辺りのスーパーではなくて、向こうのスーパーにあるから、行ってみるといいわ。

あらでも、お宅の奥さまも、常備しているはずよ?ご存じないの?
話は、ほんの1分で終わってしまった。

おれは、アリエノールの袋から乾パンをまた一つ食べて、これで凌いでくだされば、いいのだが・・・。と考えた。

おれとアリエノールが、自宅に戻ると、オスカルが、降りて来ていた。マザコンアンドレから絵の見かたについて講義を受けていた。だが、全く頭に入っていないのが、おれには分かった。でも、おれが帰って来たのを知って、目を上げて、おれを見た。

「何処に行っていたのだ?」オスカルが聞くと、マザコンアンドレが、
「父さんはね、乾パンが食べたくて、ミシェルのおばさんの所に行ってたんだよ!」

と言って、慌てて口を押さえた。
母に言われると、ついつい、余計な事まで話してしまう。
やはり、マザコンアンドレなのだ。

それを聞くと、オスカルは、不思議そうに、
「乾パンなら、我が家にも沢山あるぞ。ついて来い!
子ども達は、家にいろよ!」

マザコンアンドレは、最近母さんが、フランソワばかり相手にして、弟に取られそうなのを気にかけていた。今も、フランソワを連れて行ってしまうのかと、心配したが、置いて行ったので安心した。

だが、乾パンを父さんに教えたのは僕だから、僕を連れて行かなかった事に不満があった。父さんと母さんは、仲がいいから、何でも話してしまう。見張っていなければいけないな。・・・と思った。

でも、父さんが、お婆さまが天国に行ってしまって、母さんが寂しがっているから、余りはしゃいで、騒ぐんじゃないって言っていた。母さんの、母さんが天国に行ってしまった。

もし、母さんが、天国に行ってしまって、もうお話しする事も、手をつなぐことも、出来なくなったら、僕も悲しいな・・・。だから、父さんが言うように、なるべく母さんの側にいるようにしよう!小さくて、マザコンのアンドレは、決意した。

そして外では、オスカルがどんどん馬車庫の奥へと入って行く。アンドレは、食料がこのような所にあるとは思えず、オスカルに声を掛けようとした。

すると、アンドレが見た事が無い、大きな物置があって、オスカルが扉を開けた。
「ここだ!乾パンがある。でもまた、どうして乾パンなのだ?
好き好んで、食べる奴はいないと思うが・・・。」

オスカルが、首を傾げながら聞いた。
アンドレは、事の次第を話した。今、オスカルを独りで旅をさせるのは、心配な事。それには一家5人で出かけなければならない。

その為には、留守にしている間の、3階の高貴な方たちの、腐らない食料が必要な事・・・を話した。

すると、オスカルは、暫し考え、分かった、5人で行こう。
ここには、この家に住む人数分が、10日間、飢えずにいられるだけの食料の備蓄がある。多分、口には合わないだろうが、耐えてもらうしかないだろう。

アンドレは、なぜ、その様な食料の備蓄があるのか理解できなかった。
オスカルに訊ねた。

最近の情勢不安定から、いつスーパーから、商品が消えるかわからない。また、何かあって、このアパルトマンの敷地から出るのが、危険になる場合もある。だから、このアパルトマンの住人は皆、このように非常食を蓄えているのだ。オスカルは、答えた。

アンドレは、感心して物置の中を物色した。腐らなくて、温めなくて、冷めていても・・・と、懸命に考えていた回答が、いとも簡単に、最愛の妻によって解決してしまった。

オスカルが、ついでにと付け加えた。
ワインも、コルクではなく、キャップ式のも入っているぞ!
味は、かなり落ちるがな!

紙の皿も紙コップもあるから、洗わないで済む。
帰ってきた時には3階はゴミの山になっているな!
オスカルが、ニヤリと笑った。

アンドレは、それが腹の底からの笑みではなくても、少しだけホッとした。
しかしそれは、オスカルにとっては、少しばかり、母親の傍から物理的に離れ、他の事に真剣に考えなければならなかった為、チョットした、悲しみの休息の様なものだった。

こうして、アンドレは3階まで何度往復したか分からないが、食料を運んだ。
そして、オスカルは、全員の旅の支度をした。

更に、アンドレは、レンタル馬車屋に行って、棺が入る馬車を借りに行った。

その帰り、おれは、我が家へと向かうアランに出会った。
どうして、コイツは、タイムリーに現れるのかと感心しながらも、事の次第をはなした。

隊長は、どうなんだ?アランが、珍しくマジだった。
おれは、前と見かけは変わらないけど、なにかが違っている。と答えた。
答えながらも、このガサツな男に、打ち明けるだけでも、心が軽くなると感じた。

家にいるから、会っていくか?そう聞くと、アランは、青いケツを見せろと言わない、隊長には、会いたくない。と言う。え゛!ホントは見せたいのか・・・?

アランは、これだけは、体験したものしかわからない。
隊長の、気持ちが納得して行くまで、周りは見守るしかないんだ。

おまえの方から、してやる事は、難しいな。ただ、隊長の心の動きには1番理解している、おまえなら、隊長がなにを求めているか察知して動く事ができるだろう。

そう言って、アランは帰ろうとしたが、おれは考える前にアランを引き留めた。そして、言った。アラスまで、ついてきてくれないか?

アランは、今は隊長に会いたくないと言っていたが、
おれの、珍しく超心配そうな顔に、二つ返事で、引き受けてくれた。

おれは、馬車を御して、子ども達の世話をし、さらに、オスカルの心配までするのは、ひとりでは、無理だとアランの話から、直感で理解していたようだ。

だが、念のため聞いた。ケツが青いなんて、オスカルは、今は言わないけど、いいのか?アランは、フン!見られてたまるか!という姿が、悲しそうだった。やはり見せたいのか・・・おれには、アランが分からなくなってきた。

アランは、昨年母親を亡くしていた。その時のディアンヌの落ち込みようが大変だった。夫のクロード・アシルとどうにかしようと試みたが、結局は時間と、ディアンヌの心の整理を待つしかなかった。と道々話してくれた。

しかし、それぞれ母親との繋がりも違う。それに、隊長は、普通の女性と違った育ち方をした。ディアンヌとは、感じ方が違うだろう。そう、アランは、言った。

そうして、おれとしては、翌朝出発のつもりでいたが、オスカルがどうしても、今日中に出発したい。というので、バタバタと、その日の午後、アパルトマンを後にした。
アランは、一度自宅に帰って、旅支度をする予定だったので、全くの手ぶらだ。

馭者台に、おれとアランが、座った。
馬車の中には、オスカルは、まだ、目を離すと何をしだすか分からないフランソワを、膝の上に乗せている。

そして、相変わらずアンジュちゃんを抱いて、ペチャクチャ話しているアリエノール。
フランソワに母さんをとられて、ふてくされているマザコンアンドレがいた。

*******************

アランは、モンマルトルの向こう側の、寂れた下宿屋で、殆ど飢えながら暮らしていた。そこへ、ディアンヌとクロード・アシルが、子供を連れて、転がり込んできた。

そして、下宿屋の酷さに呆れかえった。しかし、この2人の夫婦も食も無く、困り果てていたので、下宿屋を清潔にし、食事を提供出来る。すなわち、まともな下宿屋にしよう!と決め込んだ。

もともと、働くのが苦ではないディアンヌは、先ずは、ホコリと、ゴミの山・・・殆どが、元衛兵隊員たちが捨てたものだった。どんどんと、片付け、磨いていった。キッチンの担当は、クロード・アシルだ。料理を作る事は出来ないが、キッチンを整えるのはお手の物だった。

アランは、ディアンヌに命令され、食堂を使えるものにした。と同時に、帳簿の整理をして、払わない奴を追い出した。

外観と、内側をきれいに磨けば、場所柄、それなりの人たちが、やって来るようになった。ディアンヌが、料理をし、母の世話をしながら、男2人に指図する。

それで、万事うまく行った。
世の中は、オンナが回すものなのだ。
Fat bottomed girls you make the rocking go round

そんな中、母親が亡くなった。ディアンヌは、一見気丈に立ち振る舞まおうとしたが、嘆き悲しみ、毎日毎日、泣き暮らした。下宿屋には、下宿人がそれなりにいた。ディアンヌが泣き暮らしているので、アランとクロード・アシルは、途方に暮れてしまった。

だが、しばらく泣いて、泣き終わると、涙も枯れたようで、時折、母を思い出し、涙しているようであるが、仕事に戻った。

だから、涙も見せない、隊長が心配なのだ・・・とアランは言った。
そんな事も、馬車を走らせながら、話していた。

*******************

しばらくすると、今夜の宿を、決めなければならない頃になった。しかし、アランはアラス方面が、さっぱり分からないが、とにかく行ってみれば何とかなるさ、のんびりと、だが、悲しそうに言った。

幾つかの村を通り過ぎると、少しばかり落ち着いた村に入った。アランは、下宿屋をやっているだけに、ピンと来たのだろう。此処にしよう。と決めた。

おれたちは、宿の中に入ってみた。それなりにきちんとしており、泊まるのに充分だった。だが、オスカルは、母の傍にいたいので、馬車に残ると言った。

おれは、馬車庫に奥さまを独り棺に入ったままにしておくもの、辛いだろうと思った、ので、無理やりオスカルを宿に連れて行こうとはしなかった。アランに子ども達を頼む事にして、自分もオスカルに付き合う事にした。

おれは、宿屋の主人に、ダブルの部屋を頼もうとした。すると、アランが、アンドレはもう、独りで寝られるだろう。トリプルの部屋にしてくれ、そう言った。が、そんな部屋が有るはずない。仕方なく、4人並んで寝てくれ。と、おれは、言った。

そして、おれは、アンドレは、ベッドから落ちるくらい大丈夫だ。だが、アリエノールとフランソワは、危ない。さらに、おまえの隣に、将来おれの花嫁になる、アリエノールを寝かせるのは、不謹慎だ。フランソワをおまえの隣に寝かしてくれ。そう言って、密かに笑った。

夕食にもオスカルは、宿には来なかった。おれは、2人分の夕食を持って馬車に乗った。オスカルは、相変わらず俯いていた。食欲がない・・・とか言って、食べないかと思ったら、しっかりと食べた。おれは、ホッとした。

永い日が暮れてくると、オスカルは、おれの肩に寄りかかって、寝ているのか、ただ支えが欲しくて、そうしているのか分からなかった。が、ウトウトとして、熟睡していないのは確かだった。

翌朝、珍しくアランが、2人分の食事を持って来てくれた。
ガサツだが、結構気が付く男だ。

そして、おれたちは北に向かって、再出発した。
今夜には向こうに着くだろう。

馬車が動き出すと、アランが直ぐに話してきた。
オイ、おまえの次男は、スゲーなぁ!この俺様に、夜中のど真ん中に、足蹴りしてきたぞ。

おお、アラン、おまえもか、おれは笑いを堪えきれずにいた。すると、アランが、おまえ知っていて、次男の隣に寝ろって言ったのか?

おれは、笑いながら、パンチは、無かったのか?と尋ねた。すると、アランは、パンチは、向こう側、長女とやっていたみたいだ。

ほう、大変な、夜だったのだなと、思った。ん、もう1人は、どうしてたのだろう。アランに聞くと、何処からか毛布を出してきて、ソファーに避難していた。と言った。

おれは、嬉しくなった。おれの血は、長男に流れていたのか・・・おれが、むふむふしていると、意表を突いてくる男が、何をそんなに、にやけている?一応、葬列だぞ。とかなんとか言いながら、知りそうだから、教えてやった。

おれの血を、強く引いた子供がいたのを、発見したからだよ。

アランが、まあそうだよなぁ。隊長の遺伝子は強そうだからな。
え゛?次男の・・・寝相は、隊長か?

多分な。おれは、答えた。今度は、アランが肩を揺すりながら笑った。何を考えてる?一応聞くのが礼儀だろうと、聞いてみた。

ふふふ、隊長がオレのケツが何とか・・・って言ってきたら、寝相の事を言ってやる。倍返しだ。おれが、アランを見ると、楽しみが増えた喜びに、目尻が下がってやがる。

おれは、オスカルの為と、アランが傷つかないように、告げた。
オスカルの寝相は、未確認だ。オスカルでさえ知らない。

アランが、だって寝相が悪ければ、母親に叱られるだろう?
あーあ!貴族でも、様々だ。って言ったのは、おまえだろ?そう言いたかったが、馭者台で、殴り合いは、避けたかったので、黙っていた。

だけど、やはり、オスカルの為に教えてやった。オスカル付きの、侍女が、何人いると思う?おれのおばあちゃんが、筆頭だったけど、オスカルは、元々軍人気質だから、パキッと起きる。するとそのまま、着替えの間に行ってしまう。

オスカルの寝具が乱れていようが、枕がぶっ飛んでいようが、オスカルは、知らない。そして、オスカルが出仕すると、オスカルの部屋の掃除係の、侍女たちが入って来る。その時に、寝室の掃除もされるし、シーツも交換されるし、掛布団のカバーも交換されるだろう。

だから、寝室の係の者は知っているかもしれないが、主の私的な事は口外しない。その後、オスカルが、就寝する頃には、キチンと整えてある。

だから、オスカルの寝相が悪いかは、知られていないのだ。ただ、おれは、寝相が悪くなかったから、オスカルかもしれない、と思っただけだ。

アランは、ふ〜ん。とつまらなそうな声を出すと、手綱を握りなおした。
おれは、周りの景色を見ながら、ホントは、どちらの血なのか、考えていた。

ら!思い出した!

ベッドのど真ん中で、オスカルは、いつもおれの腕枕で寝る。だけど、ほんの、時たま、腕が軽くオスカルの温かさが無くなる時がある。どうしたのかと、探してみると、オスカルがベッドの端で、落ちそうになって、ゆらゆらしていた事があった。

おれは、慌ててオスカルを抱き上げ救い出すのだが、オスカルは、全く気付いていなかった。一度や二度ではない、まあ、100回でも、ないけれど、オスカルは水平移動していたのだ。

思い出すと、次から次へと、溢れ出てきた。あれは、寒い冬の晩だった。ジャルジェ家の暖かい部屋で、最高級の毛布に包まって、2人でラブラブしながら寝てたのだ。

しかし、おれは寒さで目が覚めた。毛布が無かった。ついでに、オスカルもいなかった。しかも、おれは、あられもない姿だった。おれは、オスカルが、毛布に包まって暖炉の前に行ったのかと思った。だが、居なかった。

恐る恐る、ベッドの下を見てみると、オスカルがスヤスヤと毛布で、バウムクーヘンになって寝ていた。オスカルは、隣のヤツを殴らないが、水平移動して、その後、垂直移動するようだ。

毛布で、きれいに巻かれているオスカルを救い出すのには、かなり苦労した。外側の端を持って、思いっ切り転がせば、真ん中に納まっているオスカルが、出てくるだろう。

だが、愛する女性を、そんな手荒な真似はできない。おれは、仰向けのオスカルから、半身分の毛布をそっと剥がし、背中に手を回し、下になっている毛布をまた、横に持ってくる。その繰り返しをして、オスカルを助け出した。

あの時、バウムクーヘンになっている、オスカルをそのままにしておけば、彼女は自分の寝相が悪い事に気が付いたかもしれない。ああ、ダメだ。オスカルはきっと、おれがふざけてやったと、言い張るだろう。

おれは、もっと早く気付いて、おばあちゃんに聞いておくのだった。と、考えながら、オスカルもこのように、奥さまともっと話したかった事があるのだろうな。そう思った。でも、今は、それどころではなく、きっと、オスカルの血をたっぷりと引いた、次男を抱いて、奥さまの棺を見つめているのだろうな。

しかし、どんな時でも、腹が減る子供同様、おれも腹が減ってきた。アランを見ると、うなずく。伝わったようだ。こいつとは、犬猿の仲だが、何故か気が合う。

ある村に入ると、アランがまた物色し始めた。こいつの、目だが、鼻は役に立つ様だ。アランが、言った。金はおまえ持ちだよな?おれは、何の事かと聞いた。

ちょっと、高そうな宿屋がある。昼飯もやっている様だが、おれのレベルじゃない。と、アランが言った。おれは、ほう!こいつも気を遣う事があるのか・・・と感心した。

更に、おれを感心させたのは、アランが、隊長の母上は、私が、しっかりとお守りします。どうぞ、一家5人で、食事をしてきて下さい。と、言い出し、敬礼までした。

オスカルは、逡巡していたが、アランに促されて、後ろ髪を引かれるように、だけど、少しばかりホッとしたように、宿屋に入って行った。

おれは、アランに感謝するとともに、昨夜、次男の足蹴りを食らい続けて、寝不足だろうが、寝たら、本気でケツの青いのを、オスカルに見せるからな。と脅しておいた。

少しだけ、のんびりした、馬車の旅になった。
馬車の中からは、笑い声が聞こえてきた。3人の子ども達だ。オスカルの声は、聞こえてこない。しかし、子ども達の声は、オスカルの心の慰めになり、ひと時悲しみを和らげてくれていると、おれは思った。

つづく
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。