アラスのジャルジェ家の屋敷前を通ると、また、ジャックが走って来た。
ことのあらましを話すと、おれの家の方に知らせてくる。そう言ってまた、裏道を走って行った。

ジャックと言い、アランと言い、どうしてこうも、タイミングよく現れるのか、おれには、不思議だったが、これは、物語の中だから、そうなのだろう。と思った。

その様子を、おれの後ろからオスカルが、顔を出して見ていた。ジャルジェ家の屋敷を見ているのだろう。そう思ったら、泣きそうな顔をしたような気がしたが、すぐに消えてしまった。

グランディエ屋敷の門には、皆出揃って、悲痛な顔をしていた。
アランが、ヒュ~と口を鳴らした。

おい!おまえ、御曹子だったのだな。
こんなにすごい屋敷の、息子だったのか?
さっき見た、隊長んちと、変わらないじゃないか!

おれは、おれの家は、此処だけだが、ジャルジェ家はあちらこちらに、屋敷を持っているから、比較にならないぞ。と言った。
アランは、おれとは無縁だ。と、首を振っていた。

そして、おれは、生まれたのは此処だが、8歳の頃から、オスカルとヴェルサイユに移って、ずっと暮らしていた。そして、此処は弟の『アンドレ』が、継いでいる。

そういうと、アランがおまえって、欲がない男だと思っていたが、本当なんだな!感心して言った。

おれは、アランを連れて来てよかったと思った。そうでなければ、この悲しみの旅が、本当に寂しくて、おれは、暗闇のどん底に落ちていただろう。

父が、棺を礼拝堂に運ぼう。
葬儀は明日の午前中で、良いな。と、この家の主人として段取った。

すると、奥さまが亡くなってから、アラスに埋葬したい・・・と言っただけで、意思をあまり告げなかったオスカルが、ボソッと言った。
今日お願いします。夜でも構いません。
そして、終わったら直ぐにパリに戻ります。・・・と。

おれは、オスカルの言っている事が、信じられなかった。
常識外れも、外れすぎている。

そして、信じられない事に、おれは、オスカルを怒鳴りつけていた。

何を言っているんだ!突然やって来て、今日、式を執り行えだと!そして、今日帰るだと!今、何時だと思っているんだ!それに、なんでそんなに急いで帰らなきゃいけないんだ?!大人だけなら、長旅で疲れた身体に鞭打って、帰る事もできる。子ども達がいる事を忘れたのか?

それに、亡くなった奥さまだって、パリでご自分の部屋のベッドにいらして、それから、馬車で揺られっぱなしだ。
一晩くらい、礼拝堂で、お休み頂いくのが、常識だろう。

そして、奥さまは、またパリに帰ってしまう娘にしばらくは、側にいて欲しいと願っているだろう。

すると、オスカルは、奥さまが亡くなってから初めておれの目を見て、「分かった」ひとこと言うと、子ども達をつれて、母に以前使っていた部屋を使っていいか、聞いて引き上げて行った。

オスカルの後ろ姿が、小さく見えた。
今までこんなオスカルを見た事は、なかった。おれの頭の中から、声がした。

もしかしたら、オスカルは、未だ奥さまの死を認識していないのかもしれない。ここにきた時も、並んでいる、人々の顔の中に誰かを探していた。

アラスに来れば、以前のように、奥さまが笑って待っていると思ったのだろうか・・・。
だから、アラスに行こう・・・。と、言ったのだろうか?

それとも、奥さまの死を、認識しないよう心を閉ざしてしまったのかもしれない。棺の中にいるのは、オスカルにとっては、奥さまではないと思う事で、気持ちを保っているのかもしれない。
だから、早く葬儀を終えて、この場から立ち去りたいのだろう。

そんな事を考えていると、アランが、おれの肩に手を置いて、時間をかけるしかないさ。と言った。おれは、待つ事には、慣れているが、オスカルが辛い思いをしているのに、分かち合う事が出来ないもどかしさを感じた。

静かな夕食が終わった時、マザコンアンドレが言った。
アランおじさん、一緒にシャワーを浴びようよ!
アランは、屈託なくOKした。

しかし、マザコンアンドレが、おじさん、ケツが青いんだって!
母さんがいつも言ってるじゃない!
ぼくが、見てやるよ。

そう言われて、アランは、与えられた部屋に猛ダッシュで逃げ込んだ。

そして、以前使っていた部屋では、オスカルとおれのベッドの、ど真ん中に、で~~~~んと、フランソワが寝ていた。

オスカルは黙々と、寝支度をしている。おれは、オスカルはもしかして知らないのだ。そう思った。パリでは、おれ達がダブルのベッドを使って、フランソワは未だに、柵がしっかりとあって、落ちないようなベッドを使っていた。

おれは、何事も無いように祈りながら、眠りについた。そうしたら、『イテッ』っと声がした。おお!おまえは、おまえを生んでくれた、母親にもやるのか?

そう思っていたら、おれの頬に、パンチが飛んできた!見ると、我が次男は、真横になって、足をオスカルに、手をおれの方に伸ばしていた。

オスカルが、起き上がった。頬を押さえながら、おれを見た。おれは、こいつは寝相が悪いのだ。そう告げると、オスカルは、おまえに似たのか?そう言った。

おれは、手を顔の前で思いっ切り振った。
おれは、寝相が悪いって、おばあちゃんにも叱られた事はない!そう言いきった。

オスカルのため息が聞こえた。そして、場所を替われ!そう言うから、替わっても、大差ないぞ。と言いたかった。それに、こいつの寝相の悪さは、オスカル譲りだと、おれは思っていたけど、それは言えないから、替わった。

しばらくすると、また『イテッ』っと、声がした。速、おれは逃げた。暗闇の中に、おれに向かって、小さな足が伸びていた。そうか、オスカル、おまえはパンチを食らったか・・・。

おれは、沈みこんだオスカルの心を引き上げるのは、この次男なのではないかと、思い始めた。そして、2人の兄姉も・・・。

オスカルが、おれに声をかけてきた。わたしは、端に寝る。その隣におまえが寝て、向こう側にフランソワを寝かしてくれ。

おれは、笑いたくなった。だが、フランソワをベッドの端に寝かせるわけにはいかない。端に寝かせたら、コイツは落ちてしまう。

パンチをうまく避けて、寝るのだな!おれが、そう言うと、オスカルは、ゴソゴソ、動き出した。おれの足元に、ベッドに寝るルールを無視して、横になって寝てしまった。

足が長いとは言わないが、背の高いおれには、ベッドの長さは、伸び伸び寝るには、チョットだけ短かった。どうしようかと思っていると、次男の母は、おれの足を枕にして寝てしまった。

なんで、葬儀の前の晩に、親子そろって『コ』の字に寝なければならないのだ。
おれは、複雑な心境に陥ってしまった。

翌朝、オスカルは、次男からのパンチのお陰か、少しだけ冷静さを取り戻しているように見えた。

だが、今まで、存在を認めていなかったおれのことを、気付いてくれたのが、このような時だが、嬉しかった。でも、存在を認めたのは、足だけかもしれない。

おれの足枕は、寝心地良かったか?と聞くと「あゝ、ゴリゴリしていて、枕の下に銃を置いている感じがして、ちょうど良かった」と言った。

オスカルが、よく眠れたなら、おれの足がエコノミークラス症候群になる危険があってもかまわない。なんて、言っている場合ではない!もしかしたら、もしかしなくても、おれの寝相の悪い次男坊の枕の下には!

銃、発見!実弾装填済み!おれは、心臓が止まるかと思った。


オスカルは、葬儀の時間が近づくと、おれに、これを着ろ!と言って、ジャルジェ家のお仕着せを、投げてよこした。

オスカルを見ていると、真っ白な軍服を着ていた。ああ、初めて、近衛に入隊した時の、奥さまのお喜びようが、伝わって来る。オスカルも、あの時の奥さまの、お気持ちを忘れられないのだろう。

葬儀の間、誰が見てもオスカルは、軍人としての姿勢を崩さなかった。

だが、フランソワを抱いていたおれの手から、母だか、アランのか、分からなかったが、そっとフランソワを、抱き取ってくれた。

それを機に、おれは、あと一歩というところまで、オスカルに近づいた。オスカルは、気付いていない様だったが、敬礼をしている手にもの凄い緊張が走っていた。地面を踏みしめている足も、今にも崩れ落ちそうなのを、緊張感で踏みしめていた。

いつでも、抱き留められる様、おれは、オスカルだけを見ていた。

埋葬は、おれの家の敷地ではなく、ジャルジェ家の先祖代々の墓がある、庭の奥の開けた所だった。旦那さまも、ここに眠られていた。

式が終わると、人々は三々五々馬車で、屋敷に向かった。オスカルの肩を抱こうとしたおれの手は、スッと宙に浮いてしまった。オスカルが、拒んだのではない。オスカルには、おれの姿も見えていなかった。

戻ると、お袋とジャネットは、昼の支度をしていた。そこに、オスカルが向かって行った。そして、お手伝いします。と言った。お袋は、オスカルに料理のメニューを知らせ、手伝いを頼んだ。

おれは、その様子を見て、もうもう心配を隠せないで、マザコンアンドレに側にいるよう頼むしかなかった。

オスカル・・・お願いだ。おまえの心の中を、おれに見せてくれ!そして、どうしたらおまえの苦しみを、分かち合えるのか教えてくれ!思い出してくれ、結婚式の時、幸せは勿論、悲しみも、苦しみも共に分かち合い・・・と、誓ったではないか・・・。

昼食が終わると、オスカルがおもむろに、パリに帰るぞ!と、言った。
准将の命令だった。

これには、おれは心配を通り越して、オスカルの肩をゆすって、どうしたのか尋ねたくなった。朝の冷静さが消えていた。

そこに救世主が現れた。

やおらアランが、立ち上がった。
そして、ブーたれた口調で言った。冗談じゃあないぜ!パリからここまで、お供して、少しはのんびりとアンドレと隊長の故郷も見たいってもんだ!もう2-3日、世話になりたいぜ!

おやじも、もう少し、滞在して母上の墓前に花を手向け、ゆっくりしていった方がいい。そう言った。

オスカルも、アランとおやじに言われては、反論する事が出来ず・・・反論する気力もないような気もしたが、しばらく、滞在する事にした。
アラスとアランの家の方に、足をむけて寝られないな、と、おれは思った。

以前、畑だった所に、職人たちが工場作りに精を出していた。オスカルが、本当に、パパアンドレは、始めたのだな?と、声を掛けてきた。アラスに留まる事にして、少し落ち着いたようで、おれは、安心した。

急ピッチで進んでいる様だが、完成するには、まだまだ時間がかかりそうだ。おれが言うと、オスカルが、そう言うものなのか?不思議そうに聞いてくる。そりゃそうだよな。オスカルは、建物を建てているのを見た事がない。ヴェルサイユのお屋敷群は、ルイ14世の時代、それ以前の13世の狩りのお供用に、出来たものもある。

建て直ししている物もあったが、オスカルの目には留まらなかったのだろう。後ろから、律儀に、フランソワを肩車して付いてくる、アランは、口を開けたまま、スッゲ~を連発していた。

アリエノールが、しっかりとおれの手を、握っているのは、いつもの事だった。
勿論、マザコンアンドレは、オスカルの手をしっかりと握って、エスコートしている気分の様だ。

おれは、オスカルに、更に、建物が出来たら、レース編みの機械を入れなければならない。これは、精密にできているから、また、時間がかかるだろう。

余所の工場も始めているのか?オスカルが聞いてきた。おれは、いや、まだらしい、だけど、貿易が始まった、世情が変わった。と聞いてから始めては、余所者に後れを取ってしまう。商売も、一か八かだと、親父が言っていたぞ。
戦争と同じだな・・・。オスカルが、ポツリと言った。

それから、しばらくオスカルは、朝晩と旦那さまと奥さまの墓前に行って、時折、しばらく座り込み、何か話している様だった。おれは、やっとオスカルが、落ち着いたのかと安心した。

おれたち一家と、アランでパリに戻る日となった。
おれは、もう、オスカルは大丈夫だと、確信していた。

こうして、おれ達一家+アランは、アラスを後にした。

おれは、アランが手ぶらで旅をして、パンツを替えたのか、聞きたかったが、世話になったので、聞かない事にしておいた。

  *******************

アラスから戻ってしばらくした。

それまで、せっせとやらなければならない事だけだったオスカルが、変わりだした。

オスカルは、自分を攻めていた。父上が亡くなった後、アラスに居るのが、無理だったのなら、母上を5人いる姉たちの、平和な家に連れて行くべきだった。ずっと、両親と3人で暮らしていたから、自分の所に呼び寄せる事しか考えていなかった。

タンプルの塔の作戦は、母が来る前から考えていた。その間、自分は、その計画の成功だけを考えて、母の心の負担など、考えるゆとりもなかった。

全く、母上の精神状態を考える余裕などなかった。悔やんでも悔やみきれなかった。だが、頭でも、心でも分かっていたが、それを現実として理解する事が出来なかった。だから、外に出す事が出来ないで、内面で様々な思いが、交錯して、感情を表現する事が出来ないでいた。

  *******************

そして、一か月が過ぎようとしていた、ある夜おれは、眠りの中で、すすり泣きを聞いた。
隣からだった。
抱きしめようとしたが、今は、独りで泣きたい。と、背中が言っていた。

だが、余りにも泣き続けるので、フェイスタオルを持ってきて、顔の前に置いてやった。オスカルは、無言で受け取ると、また泣き始めた。

それが、しばらく続いた。
フェイスタオルは、バスタオルに変わった。
だが、奥さまが亡くなってから、ずっと、無表情だった、オスカルに表情が現れて来た。

おれは、オスカルがずっと張り詰めていた心が、緩んできたのを感じた。悲しすぎて、泣く事も出来なかったのが、やっと、泣く事が出来るようになったのだと知った。

バスタオルはフェイスタオルに戻った。しかしまだ、時たま、使うので、いつも枕元に、置いてあったが、いつの間にか、無くなっていた。

おれは、オスカルがやっと、泣く事で、悲しみの心を、解き放しているのを感じた。
と、共に、ジャルパパの時は、そのような衝撃を受けなかった事に、疑問を感じた。オスカルは、両親を、尊敬し、愛していた。

直接、目の辺りにしていなかったからか・・・。
まさか、聞く事も出来ず。
おれには、永遠の謎だった。

おれは、この一か月、オスカルが無理に笑おうとし、マザコンアンドレに剣の稽古をつけ、オスカルとしては、珍しくはしゃいでいたのを思いだした。

全てはそうだったのか・・・。悲しみを、悲しみとして受け入れないようにしていたのだ。おれは、理解できた。それで、奥さまの死を受け止めるのに、1か月かかったのだろう。

と、共に奥さまの横に眠る、初めて見る旦那さまの墓に、父親も眠っているのを、実感したのだろう。あの時・・・旦那さまが、亡くなった時、一緒にゆっくりと馬車でアラスに行けば良かったのかと、おれは、悔やんだ。

だが、あの時オスカルは、身重で連れて行けないと、オスカルと生まれてくる子どもの事を、鑑みて、頑なになっていた。

そして、おれは、オスカルが苦しんでいる時、一緒に苦しんでやる事が出来なかった事を悔やんだ。しかし、これはオスカルが独りで克服しなければならない事だとも知った。自分は傍にいて、見守る事しかできないのだな。

そして、おれは、そろそろオスカルが、動き出す気配を感じた。
オスカルの顔が、段々と、本物の准将の顔に、なってきたのを見た。

  *******************

そして、アンドレは、就活を始めた。
再度、山谷に行こうかと思ったが、以前と違って、建築関係のエキスパートになっていた。

起業してみたくなった。
やれる自信は充分にあった。

だが、今後の状況を鑑みると、それは、無責任な事だと・・・だが、見込みのある人物を育てて、後を任せるのも良いのかもしれない。

アンドレの心は、千々に乱れたが、取り敢えず、アパルトマンに近い、ハローワークに通いながら、『起業するとは・・・』という本を形見離さず持ち歩いていた。



つづく


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