バンッ!バタンッ!

オスカルが、侍女達の見込んでいた時間より早く、自室に戻ってきた。

ガトーが、慌てて側に駆け寄るが、それを無視して、
ジャケットとブラウスを脱ぎ捨てて、怒鳴った。
「金輪際、ピンクは着ぬ!黒のブラウスと、風呂の支度、
そして、酒・・・ブランデーを持ってこい!」

後から、ほうほうの体で付いてきた、ばあやは、
ジャケットとブラウスを拾いながら、
「お嬢さま、下で散々お飲みになったでしょうが、
もう、お酒はおやめくださいまし」

「うるさい!酒を飲まずにいられるか!?
大体、ばあやが、わたしとアンドレの事に、
反対するからこんなことになるのだ!
わかっているのか?

わたしは、ほとんど、勘当されたのだぞ!」

ばあやが、ほとほと困った顔をしていると、
オスカルの居間のドアをノックする音が聞こえた。
オスカルの三人の侍女の内一番下のショーが、飛んでいった。
そして、

「オスカルさま、ジョルジュが、ショコラを持ってきましたが・・・
どういたしましょうか?」
と、言ってきた。

怪訝な顔で、ショーを見た。
しかし、ショコラと聞くと、ジョルジュを中に入れるよう伝えた。
ガトーが、慌ててオスカルに黒のブラウスを着せた。

そこに、カップをのせたトレーを手に、ジョルジュが入ってきた。
「オスカルさま、どうぞ。
お好みの温度であればいいのですが・・・」
と、ジョルジュがショコラの入ったカップを、
オスカルの横にあるテーブルにそっと置いた。

オスカルは、受け皿ごと手に取ると、ショコラを一口飲み、
「うん・・・まあまあだが、もう少しぬるめが良いな!
少し待てば、絶妙な飲み頃になるが・・・出来れば、来たらすぐに飲みたい。
次は、よろしく頼むぞ!」
「はい、かしこまりました」ジョルジュがこたえる。

すると、オスカルはジョルジュを少し見つめながら、聞いた。
「おまえは、ワインの知識はあるのか?」
「いえ、私はまだ、ソフトドリンクの担当しか、させて頂いていません」
ジョルジュは、正直に答えた。

ジョルジュが下がると、オスカルはしばらく、彼の出て行ったドアを見つめて考えていたが、気を取り直すと、ショコラを飲み始めた。

オスカルの居間、浴室、寝室、化粧室では、侍女達がオスカルの要望の為、動いていた。ばあやも、浴室に行き、湯の温度を確かめ、余念がない。しかし、オスカルが酒を飲まず、ショコラで満足したことに、心底とまではいかないながら、ホッとしていた。

ショコラを飲み、本日二度目の風呂に入り、侍女達が下がっていった。
独り湯船に浸かっていると、やっとオスカルは落ち着いてきた。

今夜の両親との話を思い返す。・・・・・・
ばあやが、口をへの字に曲げて、覗いてきた。
それに気づくと、オスカルが声を掛けた。

「なあ、ばあや・・・・・・」
「なんでございましょ?お嬢さま?」
少しだけ、不機嫌な声だったが、自分の事に精一杯のオスカルは、気づかなかった。

「わたしは、アンドレにふさわしくないのだろうか?
アンドレには、もっと、こう、こまやかな心遣いが出来る、
女らしいムスメがお似合いなのか?

どうすれば・・・何を努力したら、アンドレにふさわしくなるのか?」

「何をおっしゃいますか?お嬢さま・・・・・・
もったいないのは、アンドレの方でございます。
身の程をわきまえず。・・・お嬢さまを愛するなんて、・・・
独りで勝手に、思っていればいいものを・・・

お嬢さまに悟られてしまったから・・・。
お優しい、お嬢さまはアンドレに同情なさっているのでございませんか?」

「ふう・・・・・・あちらでも、こちらでも・・・・・・わたしたちの事は、反対なのか。
わたしは、冷静だ。アンドレにのぼせてはいるが、心から愛している」
と言うと、オスカルは目を閉じて己の世界に入ってしまった。

ばあやは、複雑な顔をして、傍でそっと見守るしかなかった。

暫くすると、オスカルが、
「ばあや、のぼせてきた!」と言った。
「まあ、やはり、のぼせていたのが、お分かりになったのでございますね。
さすが、お嬢さまでございます」

「そうじゃない!湯にのぼせたのだ!
それに、もし、アンドレが他のオンナと結婚したら、
わたしはこの世で一番不幸せな人間になってしまう。

上がる。今日は、疲れた・・・」
オスカルは、湯船から立ち上がり、
肌の手入れも簡単に済まさせると、
サッサとベッドルームに消えた。
そんな様子を、ばあやは怪訝そうに見ていた。

ベッドに入ると、オスカルは天井をジッと眺めたまま、微動だしなかった。

  ********************

一方、夫婦の居間に消えた、ジャルパパとジャルママは、

「かかかかか・・・おい!見たか?あのオスカルの顔!
からかわれているとも知らず、本気になって、怒りおった。」
「ほほほほ・・・貴方・・・あんなに、少しばかり可哀想な気がしてきましたわ」

「ふん!あのくらい言ってやらねば気持ちが収まらん。
あの舞踏会の屈辱がどんなものだったか、知っているだろう?
かかかかか・・・それより、『ジェローデルとよりを戻せ』は、サイコーだったぞ!

しかし、アイツはあんなに鈍感な人間だったのか?ジョルジョット?」
「ええ、そこには、わたくしも驚きました。
他人の気持ちを察するのは、敏感ですし、
他人への思いやりも人一倍強いムスメですのにねぇ!

どうして、アンドレへの想いだけ、あんなに鈍感なのでしょ?」
「ふ~む、幼い頃からずっと一緒で、異性と言う自覚が無かったか?
まあ、アンドレは第三身分だしな。
でも、アンドレは、違っていたようだな」

「そうねぇ、アンドレは、『一つ年下の、お嬢さまの護衛兼遊び相手』と、言われてこのお屋敷に引き取られたから、ずっと『お嬢さま』の護衛兼遊びと言う自覚があったのでしょう」

「全く!とっとと、アンドレに決めていれば、無駄な舞踏会も開くことなく、今頃は、結婚式の準備に、金が使えたものを・・・あの舞踏会のお陰で、我が家の金庫は空になってしまった。

まあ、アイツらに陛下から結婚のお許しが出るのは、1年後だ。それまでに、資金を調達するよう、明日から、アンドレは執事から学ぶのだな!」

「ふふふ( *´艸`)結婚式が、楽しみですねぇ!
せいぜい盛大に、祝ってあげましょう。
わたくし達の、娘と息子の為に・・・」

   ********************

こうして夜は更けていった。
この屋敷の、主人たち、使用人たちが寝静まった頃。
屋敷の裏門に高価なベルリン馬車が止まり、アンドレが放り出された。

アンドレは、裏口からそっと屋敷に入ると、
自室には向かわず、真っ直ぐにロジェの部屋へと急いだ。

ロジェの部屋の前に行くと、そっとドアをノックした。
・・・・・・何の返事もない。
もう一度、今度はもう少し強くノックした。
・・・・・・相変わらず返事が無い。

部屋の中で、ロジェは爆睡していた。
昨夜、宴会から帰宅してからアンドレとひざを突き合わせて、報告会をした。
昨夜はほとんど睡眠を取れていなかった。

その上、慣れない仕事で、緊張の連続で、疲労の限界に来ていたので、今夜は、夕食もそこそこにベッドに倒れ込み、爆睡していた。

いくらノックをしても返事が無いので、アンドレは仕方なく「入るぞ!」と声を掛けた。
ドアを開け、中を覗いた。
真っ暗だった。
舌打ちをしながら、廊下のろうそくを1本取ると、ロジェのベッドの脇に行った。

「おい!ロジェ!起きろ!」
眩しさと、体をゆすられ、ロジェが眠りの底から少しだけ浮上してきた。
「なんだ?アンドレ、もう夜中だよ!眠い!」
と、また眠りの底に戻ろうとした。

そうはさせまいと、アンドレが激しく揺さぶった。
「何するんだよ!人が気持ちよく眠っているのに~~」
「寝ている所、悪いが、今日の報告を頼む!」

アンドレのこの言葉に、ロジェが、ガバッと起き上がった。
「いい加減にしてくれ!おれを殺す気か?
昨日の夜も寝ていないんだ!」

「済まない・・・分かっている。
けど、どうしても聞きたいんだ」
「昨日と、変わらない!以上!終わり!」
と言うと、布団をかぶって寝てしまった。

「変わらないって、ジョルジュが付いただろう?
どうだったんだ?アイツ上手くやっていたか?」

ロジェがまた起き上がり、
「あんたは、俺の同僚であって、雇主ではない。
なんで、あんたに指図されたり、配置換えをされたりしなきゃならないんだ?

それに・・・・・・今回の事だって、アンドレとオスカルさまの個人的な事から始まったんで、俺たち使用人には、全く関係の無い事なんだ!ジョルジュだって、厨房から外されてガッカリしているんだからな!

ばあやさんも、反対しているし、このままじゃ、使用人たちもみんな、祝おうなんて気、起こらなくなるぞ!」

ロジェのこの言葉に、アンドレは愕然とした。ああ、おれは、思いあがっていたのか、・・・オスカルが、おれの事を愛していると言ってくれて、オスカルとの事を、国王陛下がお認め下さって、浮かれ過ぎていたのか・・・・・・。
アンドレは、口を閉ざしたまま、この2日間の事を考えていた。

狭い部屋に重苦しい空気が流れていた。
耐え切れなくなったのは、ロジェだった。

「ア・・・アンドレ!分かったよ!オスカルさまの、護衛は続けるよ!
でも・・・でも、報告は、何かあった時だけにして・・・」

驚いたアンドレは、感謝の笑顔が顔の表面に現れる前に声の主の方を向き、
「ありがとう、ロジェ。よろしく頼むな」
と、告げると部屋を後にして、自室へと向かった。

  ********************

決して華美ではないが、超高級なタペストリーが掛かり、金糸をあしらった天蓋のあるベッドの、ヘッドボードに寄りかかり、枕を抱いて、豪華な黄金の髪をもてあそびながら、この部屋の主、オスカルは、まんじりともせず、暗闇をじっと睨んでいた。

すると、傍らに置いてあったスマホが、ビビッとうなった。
ド・ギランドからLINEが入っていた。
『アンドレは、無事送り届けた。いじめたりしなかったぞ!安心しろ!それより、楽しい吞み会だった。アンドレから、面白い話も聞けたしな!だから、安心して寝ろ!おやすみ、可愛い妹分へ!』

へ?これだけ?写真は・・・?アンドレのナイスなショットはないのか?
オスカルは、慌てて返信した。

『おい!ド・ギランド!アンドレのナイスショットが無いではないか?わたしだって、アンドレの写真を見て、月誕生日まで過ごしたいのだ!』・・・・・・送信。

間髪入れずに、返信が来た。
『悪い、悪い。ゲイでもない、ヤローの写真なんか撮る気なくて、忘れちまった』

なんだ!おまえは、オトコしか見ていないくせに!
『怒り』マークのスタンプを送って、オスカルは、スマホをベッドサイドに放り投げた。

そうか・・・アンドレが、帰って来ているのか。
会いたいなぁ~
会って、おまえの顔をしかと見て、
その胸に顔をうずめて、
抱きしめて、
そしたら、おまえもわたしを抱きしめてくれるだろう。

いかん!涙が出てきた。わたしらしくないぞ!でも、アイツは、どうしているのだろう?真っ直ぐに、部屋に戻ったのだろうか?それとも、わたしの部屋の前まで来て、様子を見てくれたのだろうか?

誰かが言っていた。・・・・・・恋をすると、喜びは倍になるが、それと共に、悲しみも倍になると・・・・・・アンドレ・・・・・おまえも同じ気持ちか?
それなら、わたしも、耐えてみせよう、おまえが耐えている苦しみなら・・・・・・。

つづく

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