翌朝、テラスのある朝食ルームで、ジャルパパとジャルママが微笑みながら、
食事を楽しんでいた。

そこへ、この家の六女であり、次期当主であるオスカルが、ボーっと入ってきた。
青ざめた顔に、眼に下は真っ黒なクマを作り、頬は削げて、唇は土気色・・・・・
いつもの美貌がすっかり影を潜めている。

驚いたジャルママは、どう声を掛けていいのか慌てふためいた。
ジャルパパも始めてみる娘の姿に唖然とした。

オスカルは、これまた息をひそめて、オスカルと同じように青ざめたアンドレの前を素通りし、己の席に向かった。慌てたアンドレが、椅子を引きオスカルを座らせようとしたが、オスカルは、腰を掛けず立ったままだった。

辛うじて、己を取り戻したジャルママが娘に声を掛けた。
「オスカル、どうしたのですか?昨夜は眠れなかったのですか?」

すると、オスカルは、跪いた。
「父上、母上。今まで、ありがとうございました。
昨夜、一晩考えて決めました。
わたくし・・・・・オスカルは、修道院に入る事に決めました。」

「え゛・・・」ジャルママが、声を上げた。
見ていた、アンドレも一歩踏み出した。

オスカルは、アンドレが近寄った様子を感じて、チクリと胸が痛んだが、かまわず続けた。

「先ほど、モン・サン・ミッシェルの修道院長と、LINEで連絡を取りましたところ、快く迎えてくださるとの承諾を得ました。
これより、支度をしまして、直ぐにでも、向かいたいと思います。

時間が無いので、ゆっくりと話をする暇もございませんが、これからのジャルジェ家は、アンドレが良いように引き継いでくれると思っています。
では、準備がありますので、失礼します」

これだけ、抑揚のない淡々とした口調で告げると、オスカルは、来た時と同じように、ボーっと部屋を出て行った。

「オスカル!」×2+アンドレ
「・・・・・さま!」by アンドレ

アンドレが、追いかけようとした。ジャルママが、
「アンドレ、わたくしが参ります。貴方は、此処で、旦那さまとお話しをして下さい」
いつものように、落ち着いて対応するジャルママに、2人のオトコも静かになった。

ジャルママは、ゆっくりとした足取りで部屋を出て行った。

アンドレが、
「旦那さま!いったい、どういう事なのですか?!」と、詰め寄った。
「まあ、落ち着け、アンドレ。
ジョルジョットが、行ったからには、大丈夫だろう。
おまえは、ちょっとそこに、座れ」

と、オスカルの椅子を指差した。
アンドレが、戸惑っていると、良いから座れと、また告げた。
渋々アンドレが、腰掛ける。

「昨夜、我々が、話をしたのは知っておるな?
そこでちょっと、・・・・・昨秋の舞踏会の意趣返しをしてやった。・・・・・」
「え゛・・・」アンドレが、・・・・・も、青ざめた。

「意趣返し・・・・・ですか?
それにしては、オスカルのショックが大きかったようでございますが。
いったい、どの様な事をお話しなされたのですか?」

ジャルパパは、組んでいた腕をほどくと、コーヒーを一口飲み、アンドレを見た。
「おまえは、おまえには、相応しくない。
おまえには、おまえにふさわしい者を、探して結婚しろ。
そして、おまえが、このジャルジェ家を継げばよい。
ついては、おまえは、おまえに相応しい、おまえを想っている人と一緒になったらどうか・・・・・と言った。

ちょっと、効きすぎたようだがな・・・・・」
アンドレは、首をかしげながら・・・・・
「あの~、旦那さま、tu と vous が、入り混じって、どちらがどちらを差しているのか、分かりにくいのですが・・・・・」

ジャルパパは、天井をぐるっと眺めると、ニヤリと笑った。
「いいではないか・・・・・そう言う事だ」と、はぐらかした。
アンドレは、こっそりとため息をついた。

ジャルパパが、続けた。
「それより・・・・・アンドレ、おまえには、やってもらわなければならない事がある。
もし、おまえが、本気でオスカルと一緒になる気でいるならば・・・・・の、話だが・・・・・」

アンドレは、落ち着いて、
「旦那さま。わたくしは、本気でございます。
オスカルを心から、愛しておりますし、オスカルを幸せにできるのは、わたくし以外いないと信じております」と、言い放った。

言い放ったが、気持ちは部屋の外を向いていた。
椅子に腰かけているものの、ソワソワと落ち着かない。
「やはり、様子を見に行きたいのですが・・・」
溜まらず、アンドレは立ち上がろうとした。

「国王陛下との取り決めを忘れたわけではなかろう?
今行けば、昨日一日の事だけではなく、これから一生、後悔する事になるぞ!

な~に、ジョルジョットが行っている。あれでも母と娘だ、どうにかなるであろう」
こう、ジャルパパに言われては、座っているしか成すすべのないアンドレであった。

アンドレが落ち着いてきたのを見て、ジャルパパは、
「分かったか?では、本日より、おまえは、執事のコデルロスに付いて、我が伯爵家の全てを学べ!
オスカルは、・・・・・親のわしが言うのもなんだが、軍務の事しか知らん!
おまえが、影となり、この伯爵家の屋台骨を支えていってくれ!

分かったな?アンドレ?」
「は・・・はい、旦那さま!」

「本当に分かっているか?これから、おまえがしなければならない事が・・・?」
「・・・・・と、申しますと?」
「ふん!おまえら2人がグルになってぶち壊してくれた、あの忌々しい舞踏会で散財した金を、どこからか捻出するのだ・・・・・おまえの、才覚でな!」

アンドレは、首をかしげた。
あの舞踏会は、元々オスカルが反対するのを無理やり旦那さまが開いた。
それをオスカルがぶっ壊したのであって・・・・・自分には一切かかわりの無い事ではないか?

だいたい、あの頃はまだ、オスカルの気持ちは己の方を向いていなかったし、それで、おれは、周りを巻き込んで荒れていたのだし・・・・。

それを、何故おれが尻ぬぐいをしなければいけないのか、・・・・・ガッテン!そうか・・・妻になるべく、オスカルのやらかした事は、夫となるおれの責任という事なのか・・・・・。

え゛!そうすると、今までオスカルが、やらかしてきた数々の出来事も、何処までも遡って、繕わなければならないのか?
アンドレの頭の中には『?????????』だらけになっていった。

そこへジャルママが戻ってきた。すかさず、アンドレが、立ち上がりながら、
「奥さま、オスカルは、・・・・・オスカルさまは如何ですか?」
と聞いた。ジャルママは、微笑みながら、

「大丈夫です。やっと、落ち着きましたわ」

「今は、眠っています。
今日は、半休して、午後から出仕するそうです。」

「それで、オスカルから、 tu(貴方)にお願いがあるのです。・・・・と、伝言を頼まれました」

「わしに、か?」by ジャルパパ
「わたくしにですか?」by アンドレ

「い〜え、貴方です」

「なんだ!わしだな?」by ジャルパパ
「・・・・・」by アンドレ

「う〜ん、ややこしいわねぇ!
貴方を、tuなんて、呼んだことなんて、ないじゃあないの?」

「だから、わしなのだな?」by ジャルパパ
「わたくしなのでしょうか?奥さま?」by アンドレ

「もう!オスカルが、頼むのですから、tu・・・・アンドレに決まっています!」

「そうか・・・・わしではないか・・・・

ばあや、梅酒をくれ!去年浸けたのが、飲み頃になっているだろう!?」
「あら?貴方、朝からお飲みになるの?」
「いいじゃないか~やっと、ぼんくら娘が、片付くのだ!」

渋い顔したばあやが、ジャルパパに、手塩にかけた梅酒を持ってきた。
マロンは、全く孫息子を相手にしていない。

そんな、祖母を見て、アンドレは、ため息をついた。
そして、ジャルママに向かって、尋ねた。
「なんでしょうか?わたくしに出来る事なら、何なりと・・・・・」

「ほほほほ・・・簡単な事ですよ。」
微笑みながら、ジャルママは座った。
「アンドレ・・・・・貴方もお座りなさい。
その方が、お話ししやすいわ・・・・・」

アンドレは、一礼するとまた、オスカルの席に座った。
「オスカルは、今夜は、帰宅して晩餐を頂くそうです。
また、今夜からは、なるべく早く帰宅すると、言っています。

それで、晩餐の給仕も貴方がするように、・・・・・・そして、ワインも貴方に選んで欲しいそうです。

それから、オスカルが部屋に向かう階段を昇る時、貴方に無言で、後ろについてきて欲しいとの事です。
貴方の気配を感じていたいそうです。
そして、オスカルが部屋に入ったら、直ぐに後ろを向いて引き返して欲しいと・・・・・・」

ここで、アンドレは、不思議な顔をした。
ジャルママは微笑みながら、話を続ける。
「そうしたら、オスカルはドアを開けて、貴方の後姿を見ている。
と・・・・・・言いました。

それと、・・・・・」
ジャルパパが梅酒をチビチビと飲みながら、割って入った。
「随分と、要求が多いな!陛下のご不興がなければいいが・・・・・」

「ほほほほ・・・大丈夫ですよ。目と目を見かわさなければいいのですから・・・・・。
ジョルジュに、ワインの事を教えてあげてくれと言っていました。
あの子はまだ、ソフトドリンクしか扱った事が無いようです。

そして、教えるにあたって、料理とのマリアージュも学んで欲しいとの事です。
オスカルが食べるものを、一皿味見できるように、オスカルから料理長に伝えるそうです。」

此処まで聞くと、アンドレの顔が明るくなった。
そうか・・・オスカルは、立ち直ったのか。・・・・・立ち直って、先の事を考え出したか。
アンドレが、2人の未来を思っていると、ジャルママが、

「そうそう、忘れていました。
ジョルジュに教えている時、オスカルが食事をしていても、後ろで会話していても気に留めないから、おおいにくっちゃべってくれ!とも言っていました」

ふん!と、ジャルパパが、笑いながら、言った。
「アンドレ、わしも、今日は、半休を取る。
執事との、打ち合わせに立ち合うぞ!

今から、陸軍省にLINEする。
それから、ジェローデルには、今日は、近衛で勤務するよう。・・・・・これも、LINEする。

その代わりに、ド・ギランド、ロドリゲ、ラ・トゥールの3人には、午後から、衛兵隊で、書類と格闘するようこれもまた、LINEする。」

「ああ、もう一つ、大事な事を忘れていました。わたくしったら・・・・・」
ジャルママが、慌てて付け足した。
「なんだ?また、厄介な事か?」ジャルパパが、仏頂面になった。

「オスカルの、乗馬靴の事です」
「あ゛!」アンドレが、声を上げた。
「あれは、・・・・・コツが無いと、脱ぐのが難しいのです。・・・・・すっかり失念しておりました。

昨日までは、どうしていたのでしょうか?」
「そうなのです。
侍女達が3人掛かって、どうにかこうにか、やっていたそうですが、・・・・・

どうにもならないし。・・・・・脱がされるオスカルの負担も大きいそうです」
「ふむふむ。」ジャルパパが、面白そうに笑った。
「そこでですね。ブーツを脱ぐのに、男手が欲しいと、オスカルが言うのですが、・・・・・
女性の足を見る事が許されるのは、将来を誓い合った殿方だけ・・・・・

ですから、ねぇ!お父さま。
このお役目、引き続きアンドレにお願いできないでしょうか?」
「え゛・・・イヤ・・・・・しかし、・・・・・う~~~~む」

「旦那さま、このアンドレからもお願いします。
わたくしが、このお屋敷に引き取られてからずっと、オスカルのブーツはわたくしが、脱がさせて頂きました。
決して、目は合わせません。

どうぞ、このお役目引き続き、このアンドレにお願いします
「うむ、分かった。わしから、陛下にお願いしてみる。
その上での事だ。ちょっと待て・・・・・LINEするから・・・・・・」

ジャルパパが、懐からスマホを取り出し、ニカッと笑いながら、顔認証しようとしたところに、
「あ!わたくしからのお願いなど、申し訳ないのですが、・・・・・」
アンドレが、思い出したように言った。
「なんだ?アンドレ、この際だ、何でも言ってみろ!」
ジャルパパが、ヤケになって言った。

「はい、旦那さま!現在、ド・ギランドさまが、見ている書類ですが、・・・・・
衛兵隊の兵士達からの、要望書、日常の悩み事など、オスカルにとってなくてはならない、兵士達とのつながりを持つ大切な書類です。

しかしながら、兵士達はほとんどが、文字が書けず、それらの書類も、マシなのはスペルのミス、後は、ミミズがのたうち回っているような物なのです。それを判読できるのは、ド・ギランドさまと、わたくし位でしょう。

ド・ギランドさまは、間もなく出航されると聞いております。その後は、読むものが居ません。どうぞ、わたくしに、そのお役目も与えて下さりますよう、お願いします。」
と言って、アンドレは、頭を下げた。

すると、ジャルパパは、
「分かった、分かった。それも、わしから陛下にお願いする。」

「それから・・・・旦那さま・・・・」
「待て、アンドレ。あまりに要求が多いと、陛下のご機嫌を損ねる恐れがある。
それに、国王陛下の諜報部員が動き出すやもしれぬ・・・・」

「諜報部員・・・ですか」
「うむ」

『諜報部員』と、聞いてアンドレは、2日前の夜を思い出した。
あの時も何故、バレたのだろうか、とオスカルと馬車の中で、青くなりながらも話していたのである。

ばれるとしたら、『諜報部員』しか、いないと・・・・

  ********************

ここで、『国王陛下の諜報部員』について説明しておこう。
ぶっちゃけて言うと『暴れん坊将軍』に出て来る【御庭番衆】である。

この時代、ヴェルサイユでは、貴族の間に不穏分子がいないか、密かに国王の手の者が、それぞれの屋敷に使用人に成りすまして、配属されていた。

勿論、当の屋敷の主人はもとより、そこで働く使用人達もその実体を、知らされてはいない。

国王によって、訓練を受けた者、又は抜擢された者が、平然と他の使用人達と変わらず働きながら、その役目を果たしていた。

その屋敷に、異変が有れば、直ちに【裏LINE】で、国王直属の諜報部に連絡を取る。そして、その屋敷の者達が、罪を犯したならば、国王直属の黒子が動き、その家は断絶となる。

一方、役目を果たした、諜報部員は、手柄を認められ、国王自らが作ったと言われる【楽園】で、生涯暮らすことを認められる。と、噂されているが、そこから、帰ってきた者は、勿論いないので、噂の真意は、定かではない。

また、何事もなく使用人として、生涯を終わるものもいて、その者は己の身元を明かさないまま、土に還る。

そして、一番不幸なのは、屋敷の主人に身元が判明してしまった場合である。これは、その屋敷の主人次第なのだが、殆どは、行方不明者、で終わる。これに関しては、国王も密かに送り出している為、追求するのが困難だった。

1つの屋敷に配属される諜報部員は、定かではないが、2人とも3人とも言われているが、知っている者は誰1人いなかった。国王自身も、どの屋敷に配属したか、メモるとマズイので、当初は覚えていたが、最近では定かではなくなってきてしまった。と言う、噂だ。

そして、大事なのは、同じ屋敷に配属されたそれぞれの諜報部員は、お互いを知らないのは、当然のことである。

  ********************

ちょっと待て、LINE・・・・・イヤ、陛下に直接、謁見を申し出て、お願いするとしよう。
陛下も、この時間は、あちこちからLINEだのSNSのチェックで、お忙しいのだ.
午前中に陛下に、謁見できるよう、誰か申し伝えてくれ・・・ジャルパパが、その辺にいる使用人に声を掛けると、1人が執事の元へ走って行った。

陛下から、お許しが出たら、全ておまえら3人にLINEするから待っていろ!」

アンドレは、やっと心からホッとして、上の階にいる愛しい女性の事を想った。そして、心の隅で、あの夜、この屋敷の中に居る誰かが、国王陛下に裏LINEでチクったのだろう、と思った。

  ********************

その頃、その2階の次期当主の住まう一角の更に奥まった寝室で、オスカルは、耳をそばだてて、ジッと動かずにいた。

母の出て行く音は聞いた。
しかし、まだ、侍女達がひそひそと話しながら、用事をしている気配がした。
ジッと、ジッとして、その侍女たちが出て行くのを待った。

寝室のドアが開けられる気配を感じた。
静かな話声が聞こえた。

「ぐっすりとお休みになっていらっしゃるわ」
「お休みになっていらっしゃるけど・・・目の下のクマが消えないわねぇ」
「もう少し、お休みになれば、無くなるわよ。
さあ、私たちは、お邪魔だから、出て行きましょう」

「そうねぇ、あ!呼び紐を、お手が届く位置にしておきましょう。
これなら、起き上がらなくても、私たちを呼ぶ事が出来るわ!」

声が若かった、ガトーとショーだろう。オスカルは、何も知らない、いつも自分の事を気にかけてくれている、若い侍女たちまで、巻き添えにした事に後ろめたさを感じたが、今朝は気に留めない事にした。

漸く、周りが静まると、そっと片目を開けた。人影は見えない。
もう片方も明けてみた。やはり、人影は見えない。
腹筋を使って、足元の先を見てみる。誰もいない!

オスカルは、勢いよくベッドから飛び出した。そして、他の部屋には、脇目もふらず、化粧室へと入って行った。

鏡の前に座ると、引き出しの奥から、『biore 拭くだけコットン しっとり』を取り出した。
アンドレと、屋敷を抜け出して、夜の街へ遊びに行った時用に、キープしていたものだ。

それで目の下を拭いた。
持ち前の艶々した肌が現れた。
手元のコットンは、炭色になっていた。

次に、口元を拭いた。
健康的なぷっくりとした唇が現れた。

そして、頬の下側、顎のラインに沿って拭いた。
ばら色の頬が現れた。コットンは、土色に汚れていた。

新しいコットンで、何回か丁寧に拭いていく・・・・・何枚か使った後に、いつもの凛々しく美しいオスカルが現れた。
拭き終わったコットンを、丸めるとオスカルは、ふん!と言って、ごみ箱に投げ捨てた。

ふん!わたしだって、これくらいの化粧位出来るんだ!
生まれてから、何年、化粧化けした女を見ているか、知っているか?
鏡に映る、自分に向かって、独り言ちた。

な~にが、わたしがアンドレに、相応しくない!だ!
アンドレに、嫁を貰って、ジャルジェ家を継がせるだと!
笑わせるな!アンドレが、わたし以外のオンナに目を向けると思っているのか!?

な~にが、ジェローデルとよりを戻せだ!
そんな事をしたら、アンドレが死んでしまうではないか?

タヌキ親父め!このオスカルさまを、おちょくりやがって!

ふふふ( *´艸`)さて、どう、ギャフンと言わせるかな・・・・・ゆっくりと考えるとするか。

先ずは喉が、乾いたが、・・・・・人を呼ぶわけにはいくまい。
こんな時、アンドレならそっと持って来てくれるのだが、・・・・・

今は、許されない。
彼もまた、苦しい立場だ。
と、オスカルが、ぶちぶちと言っていると、ドアをノックする音がした。

答えようか逡巡していると、ジョルジュの声がした。
「冷たいレモネードをお持ちしましたが・・・
そちらにいらっしゃいますか」
直ぐにでも、入れ!と言いそうになったが、オスカルは、己が夜着しか身に着けておらず、ましてや靴も履いていないので、どうしようか、考えあぐねていると、ドアの外から、

「ワゴンの上に置いて、ドアの外に置いておきますから、
申し訳ございませんが、ご自分でお取りになってください」
と、恐縮しながらも、オスカルにとっては気の利いた返事が返ってきた。

思えば、オンナという立場ながら、アンドレには、慎みのない姿を、しかも頓着せずに見せてきたのだろうか・・・と、オスカルは考えた。
その間、アンドレは、己の事を女として見て、更には、それをそれと気づかせないよう努めてきたのだ。

アンドレの、心中を想うとオスカルは、初めて感じるオトコへの思慕に包まれ、胸から熱いものが込み上げてくるのを止める事が出来なかった。多分、想い人も同じ思いをしているのであろう。同じ屋敷の中にいれば、大丈夫。
たとえ、目と目を見かわさなくても。

わたしたちの間は、そんな柔なつながりではない。

大丈夫だ!と、オスカルは、確信した。

部屋の外に、人の気配がなくなると、
オスカルは、そっとドアを開けた。
丁度、腕一本分開けたところに、レモネードが置いてあった。

腕を伸ばして、レモネードを取って、そっとドアを閉めた。

その様子を、ばあやは、心配そうに、また、何か言いたげに見ていた。

つづく


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