オスカルは、相変わらず、衛兵隊の司令官室で、書類と格闘していた。
だが、周りには士官学校時代からの仲間がいて、
タイミングよくジョルジュが、飲み物を持って来てくれて、
和やかな雰囲気だった。

そこに、『ジジジ』と、マナーモードにしてあった、オスカルのスマホがうなった。
待ちかねていた。
と、オスカルは、すかさずスマホを取り上げ、
顔認証するべく、口角を上げニヤリとした。

果たして、LINEが届いていた。
待っていた、ジャルパパからであった。
・・・・おまえの要求は、全て陛下が寛大なる御措置をくださった。
但し、おまえ達が、前後で歩く時、くれぐれも、会話をしてはならない。・・・と、仰せだ。

また、アンドレの要求である、兵士からの文書の、アンドレによる翻訳も、お許しが出た。
但し、その中に、おまえとアンドレとの恋文が混ざっていては不味いので、間にわしが入って、チェックする事になった。

ついては、陛下自身も、平民兵士の文書をご覧になりたいと仰せなので、今夜帰宅時に、何部か持って帰宅するように。
なお、アンドレにも同様のLINEを送っておくので、おまえからは、送らない事!・・・
以上、レニエ。

と、言うような事が、書いてあった。
オスカルと、3人の男はスマホの小さな画面をのぞき込みながら、小躍りした。

「やったな!オスカル!これで少しは、寂しくないな!」
「ああ、俺も安心して、船に乗れる!」
「おう!今夜は、乾杯に繰り出すか!?」
「馬鹿!オスカルは、真っ直ぐに帰るんだよ!」
3人のオトコは、我が事の様に喜んでくれた。

「ああ、悪いけど、わたしは、当分早めに帰宅する事にする。
だから、3人で行ってくれ!」
オスカルは、全然悪びれもなく言った。

「ああ、そうだったな。愛しいアンドレが、ブーツを脱がせてくれて・・・・・」
ヴェルサイユ中のご婦人方の靴を脱がせてみたい。
・・・と、思いながら、・・・ロドリゲが言った。

「愛しいアンドレが、選んだワインを飲んで・・・・・」
「愛しいアンドレが、後ろを歩きながら、部屋まで送って・・・・・」
「うん、姫君は、そのまま、夢の中に入るわけだ!」

「さあ!その為には、とっとと書類の山を切り崩そう!」
ド・ギランドが、年配の者らしく、いつまでもワイワイやっている、3人をたしなめた。

しばらく、無言で書類に没頭していた、オスカルは、今夜のワインはどんなのかなぁ・・・。
と、ふと思ったところで、肝心な事を、2人の使用人に伝えていない事に気づいた。

見渡すと、2人とも手持ち無沙汰で、ボケっと立っている。
オスカルは、先ず、ジョルジュを呼んだ。

「ジョルジュ、いつも的確な時に飲み物をありがとう。」
と、オスカルは、いつもの悩殺スマイルを見せた。

ジョルジュは、改めてオスカルの執務机の前に呼ばれたので、超緊張していたのが、更に、舞い上がってしまった。

それにも構わず、オスカルが続ける。
「ジョルジュ、おまえは、今までソフトドリンクしか、扱っていなかったと聞いている。
今夜からは、アンドレについて、アルコール類を学ぶように・・・。

それに当たっては、アンドレには伝えてあるが、料理とのマリアージュも知って欲しいから、わたしたちが、食するものを味見できるよう手配してある。そのつもりで・・・。

今はアンドレがわたしのワインを選んでくれているが、晴れて、アンドレが貴族となれば、その役目の者が居なくなる。

その時、望めば、ソムリエの道を・・・、又は料理人となるかは、おまえの選択による。
が、どちらにしても、酒の味を覚えておくのは、無駄にはならないはずだ」
そこまで言うと、オスカルは、ジョルジュの様子を窺った。

ジョルジュは、思いがけない次期当主からの申し出に、何と答えていいのか、固まってしまって、小さな声で、
「はい、ありがとうございます」としか、言えなかった。

一方、こういった状況に慣れているオスカルは、十分に満足した。
そして、付け足した。
「その代わりと言っては何だが・・・」
と、ジョルジュから目を離し、詰まらなそうにしている、ロジェを呼んだ。

ロジェは、仲間外れにされていた所を、呼ばれたので、喜び勇んでやってきたが、オスカルの前に立った途端、足が震えてきてしまった。

この情景もまた、オスカルにとっては馴染みの事である。
馴染みの事だから、平然と話を続けた。
「ジョルジュ、その代わりに、司令官室にいる間、時間がある時でいい。
ロジェに、読み書きを教えてやってくれないか?

ロジェも、わたしの護衛だけでは、暇であろう?
読み書きが出来れば、他にも何か仕事ができるかもしれん!
ジョルジュも、お茶当番だけでは、暇だろう?」

2人の20代の使用人は、次期当主の申し出が有難く、ただただ、目をウルウルさせて、頷くしかできなかった。

  ********************

「おい!オスカル、こんなのがあるが…」と、ド・ギランドが、書き写した書類を手渡してきた。

オスカルが、目を通す。

『夕食のシチューが、以前は野菜ばかりで肉が少なかったのが、最近は、野菜も減ってスープになってきて、腹がいっぱいにならないんだ!どうにかしてください、隊長〜、匿名希望の腹ペコ兵士』

オスカルは、困ったな、と顔をしかめた。
そんなオスカルを見て、ド・ギランドは、

「やっぱり、こんなのは、班長か、せめて小隊長に直訴すべきだよなぁ!」
と、当たり前のように言った。

「あゝ、普通はな!
だが、我が衛兵隊では、こういうものでも、直接、わたしの所に来るんだ。そして、アンドレが、走り回る。

今は、アンドレが居ないから、わたしが走ろう!」

「ええ!マジか?そんな事をしていたら、
仕事が増えるばかりで、身がもたないじゃないか?」
言うと、ド・ギランドは、考え込み始めた。
無意識にオスカルの手から、書類をひったくると、部屋の中をグルグル歩き始めた。

「分かった!明日から、24日迄、朝から来る事にしよう!
あの、いけ好かない近衛の坊っちゃんには、会いたくないが、
お前の負担を少しでも減らしてから、船に乗りたい」

オスカルの目が見開かれた。が、首をふりふり、
「いや、ダメだ。これは、わたしの仕事。
この山さえ無くなれば、もう少し楽になる。
そうすれば、そのてのものを対処する時間もできる」

「大丈夫か?・・・
イヤ、ダメだ!おれが来る!そうしなければ、おまえの身が持たない!」
オスカルは、ド・ギランドの申し出に驚きながら、
「でも、大丈夫だ。それに、そんなに甘えてばかりいられない。
独りでも、アンドレ無しでもやっていけるようじゃないと、
国王陛下がお認めくださらない。」

「ダメだ、ダメだ。
おまえの魂胆は分かっている。
独りでやって、ジェローデルを秘書にして、どうしても駄目だから、アンドレを補佐にしてくれって、国王陛下に申し上げるつもりなんだろう?違うか?」

竹馬の友の、的確な物言いにオスカルは、唖然とした。
口を開けたまま、二の句が継げぬオスカルに、ド・ギランドは、

「明日から、毎日来て、出航は25日にする。
おまえら2人、ロドリゲとラ・トゥールは、それぞれの職務に戻っていいぞ。
おれだけで、何とかなる。
分かったな?!」

2人のオトコたちは、ド・ギランドに圧倒されて、頷くしかなかった。
オスカルも頷くしかなかったが、いつになく頑固な、ド・ギランドに、不思議な気もした。


  ********************


その頃、ジャルジェ家では、アンドレが執事について、伯爵将軍家の経済事情について講義を受けていた。アンドレとしては、ある程度、分かっているつもりだったが、やはり、細かい事となると、綿密に帳簿などを見て初めて知った事もあった。

同時に、なぜか主から言いつけられた、『オスカルがぶっ壊した舞踏会』の費用の、損失補填が、頭にちらついた。

それにはまず、当の舞踏会に幾らかかったのか?この、伯爵将軍家の収入が幾らで、支出はどの位なのかを、細かい所まで把握しなければならなかった。

しかも、オスカルがぶっ壊した舞踏会に関する事である。
大っぴらに、遣り繰りするわけにはいかないだろう。
ここが、頭の痛い所である。

あ゛!だから、もしかして、他のものに、依頼する事が出来ないので、自分にこの役目を振ったのかと、アンドレはガッテンした。

そして、執事からの、レクチャーを聞いた後、独りでじっくりとここ何年かの帳簿と向かい合う覚悟を決めた。

粗方、ヴェルサイユの屋敷関係の帳簿、働く者たちのレクチャーが終わると、執事のコデルロスは少し休憩をしましょう。お茶でも、運ぶよう言いつけます。と、執事の執務室の外にある、事務部門に行くと、皆にお茶タイムを告げた。

まだ、これから、領地の事、パリの別邸・・・別邸と言っても、ルイ14世がここ、ヴェルサイユに宮廷を定める迄は、そちらの方が、本宅であったので、これまた、途轍もなく広大で、人の手が掛かっている。

ふと、アンドレは、コデルロスの後姿に気を留めた。
丸い背中、立派に整えたカツラを被っているが、その隅から、白い毛がはみ出している。

もしかしたら、・・・かなりの歳になった自分の祖母も頑張ってはいるが、そろそろ引退も考慮に入れなければならない時期に差し掛かっている。

コデルロスは、確か、現当主のジャルパパの若い頃からの相談相手だったのを、執事にと、ジャルパパが、仕立て上げたのである。

では、次は?オスカルの代になったら、誰が『執事』となるのだろうか?
一時は、己がなる。と、噂されたこともあったが、昨秋のジェローデルの登場で、立ち消えた。

1年間か・・・と、アンドレは、思った。
これから、オスカルと一緒になる為に、決めなければならない事を、思い巡らすには、丁度いい期間なのかもしれない。・・・アンドレは、考えた。

お互いに、毎日話し合う事は出来ないが、こうして、会えずに冷静になっているからこそ、気が付く事もあるのだな。と、何処までも熱いオトコは、珍しく落ち着いていた。が、


ふと、疲れを覚えて、
ド・ギランドさまが送ってくれたオスカルの写真でもみて、癒されよう。
と、アンドレは、スマホをポケットから取り出した。

アンドレの顔が、凍りついた!

待ち受けにしていた、オスカルとのツーショットが消えていた!

ラブラブになる前には、盗み撮りしたオスカルの写真だったが、それも消えていて、初期化されていた。

スマホを持つ手が震えてきた。
何とか耐えて、パスワードを入力した。
これまで、初期化されているのかと、危ぶんだのだ。

そして、オスカルの写真を、探し始めた。

えーと、確か、大事なのだから、『写真』に保存したんだよなぁ!
アプリを入れ過ぎて、ページが増えすぎだ!

やっと、1ページ目にきた、『写真』を、トン、アレ?

ずっと前に撮った、オスカルの馬の写真が、ラストになっている。
えっ、えっ、ウソだろ!

隠し撮りしたオスカルも、消えている。
ハッ!もしかして・・・
ド・ギランドさま達に、LINEしてみよう!

  ********************

ヴェルサイユ4剣士が、真剣に書類と格闘していると、ジジっとスマホの音がした。

オスカルが、
「なんだ?3人のスマホが、揃って鳴るなんて?」

3人の男は、慌ててスマホを取り、ニヤリとして、顔認証した。
LINEを開くと、顔色を変え、そのまま立ち上がり集まった。
そして、コソコソ話し出した。

「オイ!どうしたんだ?誰からか?」オスカルが、イライラと、近寄ってきた。

ロドリゲが、
「アンドレからなんだが、・・・一昨日の晩、送った、おまえの写真が、消えているそうだ」

「えっ!なんだそれ?どうして、勝手に消えるのだ!アンドレのヤツ、操作を間違えたんじゃないのか?」
オスカルが、まだ、イライラしながら言ったが、アンドレがスマホの操作を誤るはずはないと、ちょっと心配になってきた。

「ちょっと、オスカル!アンドレを想って、ポーズしてみろ!1枚撮るから」
と、ロドリゲは、オスカルのドアップを撮ると、そのまま、アンドレとグループの3人に送った。
さっぱりわからない、とオスカルは、更にイライラをつのらせた。

「おお!来たぞ!」×2
「あゝ、アンドレも『既読』になった!どうかな?」

「お!返信・・・一瞬、オスカルが見えたのですが、直ぐに消えました。
そういう事でしょうか?・・・」
ロドリゲが、読み上げた。

「ちぇっ!そういう事か・・・」
ラ・トゥールが、呆れたように言う。

「そういう事まで、やらなくても、いいのになぁ」
ド・ギランドが、やってられないと言い捨てた。

「だから〜何が、一体、どうなっているんだ?何が、『そういう事』なんだ?」
イライラの頂点のオスカルが、叫んだ。

「オスカル、おまえもスマホを見てみろ!
アンドレの、写真保存してあるだろ?」
ロドリゲが、落ち着いた声で、言った。

訳の分からないまま、オスカルはスマホを取り上げて、
顔認証すべく、口角を上げてニヤリと、しようとしたが、目が点になってしまった。

「えっ?なんだコレ?待ち受けにした、アンドレとのツーショットが、消えている!ロドリゲ、なんでなんだ?」

「オスカル、開いて、写真も見てくれないか?」
ロドリゲが、心配そうに言った。

オスカルは、仕方なく、キメの顔をしてスマホを開くと、アルバムを開いた。
口も開いた。
何も言えずにオスカルは、必死にスクロールしている。



「オスカル、おまえ。ヴェルサイユの醜い部分は、全て、アンドレが隠していたようだな!」
「そうか、そうか。情事だけではなく、こっちもか・・・」
「オスカル、アンドレに感謝しろよ!

だが、今頃、彼も気付いているはずだ。
おまえも、こういう事態に、巻き込まれてしまったからには、知らないままではいられまい。

これから、言うことを落ち着いて聞くんだぞ!」
ド・ギランドが、一呼吸おいた。

そこへ、ロドリゲが、

「しかし、コレが分かった時、オスカル、おまえ独りじゃなくて、良かったよ。これから、1年間いろいろ有るだろうけど、俺たちが、付いているから、なんでも頼れよ!いいな?」

「それよりも早く、本題に入れ!」
オスカルが、拗ね出した。

あゝ、そうだったな。
と、ド・ギランドが話し始めた。
「我々の持っているスマホは、全て国によって管理されているのだ。

何事もなければ、普通に使う事に何の支障もない。
が、しかし、王室批判、体制批判などがあった場合、直ぐに摘発されるんだ。
だけど、今は平和だから、何事もなく我々はスマホを使っていられる」

「それと、アンドレの写真と、どんな関係があるのだ?」
オスカルが、訳がわからんと、口を挟んだ。

「おまえ、自分の今の立場を忘れたのか?
1年間、月誕生日しか、会えない。
屋敷の中では、『使用人』と『主人』の立場をとる・・・
それから、国王陛下の温情で、今朝おまえが、嘆願した件もお許しを頂いた。

おまえもアンドレも、今は当局が注視すべき人間なんだよ。

そこで、向こうもおまえ達が、お互いを見る事が出来ないように、スマホを操作したんだ。
理解できたか?」

オスカルは、呆然と立ち尽くしていた。が、我にかえると、
「では、iCloudに保存してあるデータは、どうなっているんだ?」

「今は、消されているよ、多分ね。
だが、オスカル、1年後には、・・・もしかしたら、月誕生日には、ちゃんと復帰するから、それまで、頑張るんだな!」

「そうだ、そうだ!愛しいアンドレと、結婚するんだろ?それまでのガマンだ!
それに、月誕生日には、会えるのだし、・・・

わ〜〜〜!オスカル、泣くな!泣くんじゃない!」
女の涙はゴメンと、ド・ギランドが、慌てるとオスカルは、手を握りしめ、震わせながら、絞り出すように言った。

「だって!この国に、スマホを持っている貴族は、何人いると思っているんだ?
それを、全部管理しているというのか?

一体、その当局と言うのは、そんなに、他人の情報を見たいのか?
盗み聞きも甚だしいというものだ!
ど~せ、酒の肴にするんだろ!暇人共!」

「え゛・・・オスカル?そこか?」
ド・ギランドが拍子抜けしたように言って、続けた。

「おれは、・・・同じ人間なのに、身分が違うだけで、こんな仕打ちに合うなんて・・・、って言うのかと思った・・・」

「おい!それは、禁句だぞ!」ラ・トゥールが、慌てて言った。

つづく

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