「でもな、オスカル」
突然、ラ・トゥールが、まじめに切り出した。

何事かと、かつての・・・・・・今もだが、・・・・・・ヴェルサイユ四剣士隊は、真剣な眼差しで、ラ・トゥールを見た。

「今は、やっと見つけた、初めての愛に酔っているだろうけど、
結婚となると、酔っているだけでは、やっていけないぞ!」
「大丈夫だ!わたしたちは、幼い時から一緒にやってきた。
これからも、変わらず、やって行けばいいのだから・・・・・」

「そこが、甘い!
いいか?オスカル、結婚というのは、生活だ。
夫と、妻が生活するのだ」

「その位、分かっているが・・・・・」
「分かっていないな!
おまえは、嫌がるだろうけど、貴族の屋敷では、夫と妻にそれぞれ役目がある。
今、おまえは、夫としての・・・男としての役割を果たしているが、
妻の部分・・・・・ジャルジェ伯爵夫人の役目はどうなるのだ?

アンドレに、任せるのか?
その時、アンドレは、おまえが、アンドレという従者を連れずに軍務につくことを、
良しとすると思うか?」

「う゛・・・・・」

「それに、領地の管理はどうする?
そこまでは、人の手を借りればどうにかなるだろう。

このまま、上手くいって、一年後、おまえとアンドレが目出度く結婚したとしよう。
おまえは、必ず、アンドレの子どもを欲しいと思うはずだ。
そうでないか?」

オスカルは、大きく頷いた。
「その時どうする?」
ラ・トゥールが、続けた。

「その時は・・・・・・その時も、乳母やら、養育係を付ければ良いのではないか?」
オスカルが、当然と答えた。

ラ・トゥールは、
「それまでの間だ。出産前後・・・最低、2-3か月は、軍務から離れる事になる。
こればかりは、人手に頼る事は出来ない。
いくら、おまえでもな!」

「え゛・・・そんなに!?出産する日だけ、屋敷にいればいいかと思っていた。
でも、わたしは、男として生きてきた。だから、子どもが出来ないかもしれない。」
オスカルは、笑いながら言った。

「はあ?おまえ、そんなに軽く考えているのか?
呆れたな!

とにかく、腹が、デカくなるんだぞ!
その後も、しばらくは、動けないらしい・・・。

だから、その時の為、軍の方も、補佐官なりなんなり、体制を整えておかなければならない。分かるな?」
「う~~~ん、前途多難だな」

「ああ、いっそのこと・・・オスカル、この際だ、近衛に戻ってはどうだ?
連隊長の、地位が空いたままだぞ!」
ロドリゲも、珍しく真剣に言い出した。

「え゛・・・ジェローデルが、近衛連隊長じゃないのか?」×2+オスカル

「ああ、オスカルが、近衛を去ってから、ジャルジェ将軍は、連隊長の席を空けたままにしている。いつでも、おまえが戻って来られるようにな!」

「ふ~ん、親心か・・・で、ジェローデルは、何なんだ!?
偉そうに、連隊長面してふんぞり返っているぞ!」
ド・ギランドが、面白くなさそうに言った。

「そうだ!あいつ、近衛連隊長って態度で、プロポーズしてきたぞ!」
オスカルが、まくし立てた。
「あいつは、部隊長だ。地位も『少佐』だろう?
で、おれが、おまえが戻ってきたら、おまえ付きの、副官になるってわけさ!」

「そうか・・・だが、わたしは、もう、近衛に戻る気はない。
これだけは、確かだ。
明日にでも、父上に、ロドリゲ、おまえが連隊長になるよう進言しよう!

それにしても、うん、身ごもるか、あきらめるか、しっかり考えねばな!」

「え゛・・・そっちに話か行ってしまったのか?
おまえは、子孫を残さなければならないだろう?」
「う~ん、でも、軍務も大切だし・・・1年ある。ゆっくり考えるよ」

オスカルは、ほんのちょっとだけ真面目に、この友の言葉を受け止めた。
帰宅したら、忘れてしまったが・・・。

さらに、ラ・トゥールは、
「それから、アンドレだが、
今までは、使用人としての立場として暮らしてきた。
まあ、おまえと幼馴染みとしての待遇で、使用人たちからも、
ちょいと、煙たがられていたかもしれないが・・・」

この、発言で、オスカルの酔いは、一気に覚めた。
「考えてみろ!
一年かけて、貴族の血を授けるというのだろう?
あいつの、胸の内を考えたか?」

「あ゛・・・今朝、アンドレの祖母・・・ばあやが思いっ切り反対していた。
分不相応だ!ヤキを入れる!って」

「そうだろう!アンドレにとっては、今まで生きてきた立場と、違う世界に入る事になるのだ。ばあさんが、やきもきするのも無理はない。

そこの所、今度の月誕生日にお互いよく話し合うのだな!
俺が、言いたいのは、それだけだ!
さあ!これからは、オスカルの幸せを願って、楽しく呑もう!」

「お~!」×3+オスカル。
皆、涙を流しながら、再度乾杯した。

オスカルは、ラ・トゥールの言ってくれたことの、アンドレの部分だけ、かみしめながら、この長年友情を培ってきた男たちに感謝しながら、酒を味わった。

こうして、しこたま飲んで、食べて、しゃべり倒した。4人と、ロジェと3人の侍従は、ベルリン馬車に揺られて、先ずは、レディファーストと、ジャルジェ家に向かった。

ジャルジェ家に着き、馬車寄せを廻り、玄関の前で、オスカルとロジェが、ポイッと降ろされた。

オスカルは、帰巣本能からか、己では全く記憶になかったが、気がつくと、朝で、いつもの通り、何事もなかったように、気分良く目覚めた。
その間、色々あったのだが・・・。

 *************************

一方のロジェは、屋敷に入ると、その足で真っ直ぐにアンドレの部屋に向かった。目的の部屋の側まで行くと、足音がしたのか、ドアが開きアンドレが飛び出してきた。

「遅かったじゃないか!オスカルは、無事に帰ってきたんだろうな?
ちゃんと、部屋に入ったか?

じゃあ!今日一日あった事を、残らず、全て話してもらおうか!」
ロジェに答える間も無く、アンドレは、まくし立てた。

ロジェは、目の前が真っ暗になった。もう、とっくに、日付けは変わっている時間である。なのに、これから、今日・・・正確に言えば、昨日の出来事を、全て話さなければならないのか・・・。

今までの、自分の行いに殴りつけたかった。今まで、アンドレが、文字を教えてくれる。…と言うのを、逃げて回っていたのである。

こんな時、今日一日の出来事を、メモってあれば、それを渡すだけでも、少しはマシになる。もしかしたら、アンドレが、気を利かして、スマホを持たせてくれて、逐一報告が出来たかもしれない。

しかしながら、気がついたのが、遅かった。観念したロジェは、アンドレの部屋に入った。

そして、開口一番、
オスカルが、自室に入るのを見届けなかった事を聞いたアンドレの、罵声に、ロジェの大きな身体がブッとんだ。

と、同時にアンドレは、部屋を飛び出した。

あゝ、オスカル、オスカル、一体どれくらい呑んだんだ!
あのメンツなら、店が空になるくらい飲めるだろう。
おれが付いていないと、底なしに呑んでしまう、おまえ。

無事に部屋に入ったか・・・・・・?

アンドレが、オスカルの部屋に続く階段にさしかかろうとした時、オスカル付きの侍女に、バッタリ出会った。

「あ!良かった。ガトー、オスカルは、どんな具合だ?かなり酔っているのか?意識はあるか?ちゃんと独りで歩けているか?・・・・・」
返事を待ちきれずに、心配事が次から次へと出てくるのを、ベテラン侍女のガトーは、

「そんなに、心配しないで、アンドレ。かなり飲んでいらしたようだけど、・・・・」
「えっ!やっぱり、そんなに呑んできたのか?独りで、部屋に戻ったのか?廊下に寝ていたんじゃないだろうな!」

「ほほほほ・・・・相変わらず、オスカルさまの事となると、心配の虫が、止め処なく溢れてくるのね。

大丈夫ですよ。今はもう、しっかりして、お肌のお手入れをしています。
これから、明朝、お顔のむくみが出ないように、蒸しタオルを持って行って差し上げるところです。

さあさあ、蒸しタオルが、冷めないうちに、私を解放してくださいな。」

「う・・・うん、わかった。宜しく頼むな!」

オスカルの為と、言われては、もうこれ以上引き止めるわけにもいかなかった。
頭をフリフリ、アンドレは、オスカルの部屋のドアを見つめた。

密かに思っていた頃は、毎晩毎晩、ドアまで送って、その日の激務を労わり、良く休むよう伝え、オスカルからも、輝くような笑顔を見せてもらった。

気まずくなっていた頃、こうして階段の下から、毎晩毎晩、オスカルが、部屋に消えるのを見守った夜を思い出した。

当分、それも出来ないのか・・・・。ならば、せめて気まずくなっていた時のように、密かに見守ろう。明日からはそうしよう!・・・と、アンドレは決意すると、今日の報告を聞くために、自室に向かった。

アンドレの部屋では、ロジェが何処かに酒ビンを隠してないかと、物色していたが、ため息しか出てこないところに、部屋の主の足音が聞こえてきた。

「待たせて、悪かったな!
さあ、聞かせてもらおうか?」
こうして、殺風景な部屋に大きな身体のオトコが2人、サシで向かい合った。勿論、酒などない!

ロジェの報告を、聞きながら、アンドレは、所々に的確に質問を挟む。すると、ロジェの記憶が蘇り、忘れかけていた事柄も、次々と出てきた。

昼食の時間までの話が終わると、アンドレが、考え込んだ。何かが足りない。何かが、引っかかる。

あっ!っと、アンドレが、声を上げた。
「食事当番が来るまで、他には誰か来たのか?」
すると、ロジェは、大威張りで、説明しだした。
ダグー大佐という、偉そうな人と、それから・・・書類を持ってくる部下たち、指示を仰ぎに来る、部下たち・・・大勢来たよ!と、自分の記憶力もまんざらでもないなと、自己満足した。

それを聞いたアンドレは、頭を抱えた。

ロジェには、さっぱり分からなかった。
自分は、きっちりと伝えた。・・・これには、多分問題ないだろう。
では、オスカルさまの元に、訪れた人数が多すぎるのかな?
などと考えていると・・・

「ロジェ、では、聞くが・・・

オスカルは、昼食まで、一滴の水すら、口にしていない。
という事か?」

顔を上げたアンドレは、彼にしては珍しく、低い声で、ゆっくりとした調子でおどろおどろしく話したので、ロジェは、たじろいだ。

「う、うん。オスカルさまは、何も飲まなかったし、何か欲しいとも、仰らなかったよ!」
ああ、こいつは知らないんだ。
そして、オスカルも、いつも、いつも、自分ののどの渇きに気づかずにいるんだ。

だから、おれは、オスカルの様子を見て、タイミングを計って、その時の気分にあった飲み物を、差し出すんだ。そのカップを見て、初めてオスカルは、己の渇きに気づいて、極上の笑みと共に、感謝の言葉をおれにくれていたんだ。

おれへの微笑みは、この際アルゴスに食わせちまおう。
取りあえずは、オスカルの飲み物提供を考えなくては・・・と、思いながら、不安そうに目の前に座っている、男を見た。彼では駄目だ。もっと、食に精通した、誰か・・・、

目を細めて、厨房で働く同僚を思い浮かべた。一人一人、エア面接してみる。
お!っと思う、男がいた。彼にしよう。明日、料理長と掛け合ってみよう。
こう決まると、アンドレはやっと、オスカルの昼食の様子へと関心がやっと移った。

2人の、会談がどの位続いたのか、日が昇るのが早い季節である。はたして、夜が明けるまでなのか、誰も知る由もなかった。

ただ、その朝、ロジェは真っ赤な目をして、虚ろな顔で現れたが、アンドレは、いつもの通り、いいオトコだったのは、言うまでもない。が、その顔は、憮然としていた。

つづく

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