♪You Don’t Fool Me

文字通り、ヴェルサイユは大変な人だった。

それと言うのも、長い間、王妃から遠ざけられていた、オスカルが、なんと!平民の夫を伴って、新年のご挨拶に訪れるというのだ。

物見高い、上流の貴族も、単に噂好きの中流の貴族も、ヴェルサイユに出仕する金のない下層貴族は借金をしてまで、こぞって領地から、ヴェルサイユの邸宅から、早馬車(?)で駆けつけていた。

お聞きになった、奥さま!?
あのオスカルが、結婚したんですってよ!
それも・・・『恋愛結婚』って言うじゃありませんか?
このヴェルサイユじゃあ、ありえませんよねぇ!

そもそも、ジャルジェ将軍と奥方も、変わっていらっしゃるのよねぇ!
そうそう、あの2人も相当、熱烈な『恋愛結婚』だったじゃないの!?
しかも、今でも相変わらず、愛し合ってらして、・・・
お互い愛人も、妾も持たないなんて、考えられない事ですよねぇ!

親が親なら娘も娘なのね~
しかも、お相手は、平民の、あのアンドレだって云うじゃあありませんか~
そもそも、結婚を認めてもらえないからって、
オスカルは、アンドレを追って下町に駆け落ちしたって、お話ですわね!

それで、将軍も仕方なく二人の結婚を認めたとか、・・・
将軍どころじゃないわよ!
国王陛下さえお認めになったのだから。

まあ、あのアンドレじゃあね!ステキですものね!

あら?奥さま、アンドレの事、そんな風に見ていらしたの?
いや~ね!そんな事ある・・・・・いえいえないわよ!

でも、大貴族なのに質素で堅実・・・
我々には付いていけないですわねぇ・・・・・・・・・・・・・

久々にというか、新年からジャルジェ家の噂は尽きないのであった。

そして、あまりの人の多さに、用意した控えの間では足りず、また、人々が押し合いへし合いしているので、近衛隊の隊士は右往左往している。

その中でも、近衛に着任したばかりのブイエ将軍は、自慢の髭があっちとこっちにひん曲がってしまっているのも気が付かず、まだ、名前すら覚えていない部下の指揮に四苦八苦していた。

ジャルジェ家の4人は元々、ヴェルサイユに居室が与えられていたので、そちらの方で、取り敢えずゆっくりと、過ごしていた。
とは言っても、オスカルが、いつ産気づくか分からないので、隣室にはアニェス始め侍女たちが待機しているのは、ジャルジェ夫人とアンドレ以外知らなかった。

新年の式典が始まった。身分の高いもの、国王、王妃のお気に入りから順番に挨拶していく。もちろん、ジャルジェ家は、トップクラスだ。

いよいよ、国王夫妻の御前に出ようという時、オスカルは、3年前の王妃との諍いを思い出した。

オスカルは、初めて緊張と言うものを感じた。
手が強張ったのだろう、アンドレが、そっと握ってくれた。
見上げると、いつもの優しい黒い瞳が自分を見つめていた。
オスカルも微笑みを返した。
そして、アントワネットを見ると・・・

アントワネットは幸せそうな笑顔を浮かべていた。
オスカルは、ホッとした。
と・・・同時に、アントワネットから悲しみも伝わってきた。
あの、3年前には分からなかった、王妃の苦しみ。
も、・・・今のオスカルには理解することができた。

アントワネットも、男として生きなければいけない、オスカルの苦しみを理解した様だった。
二人の間に横たわった長い年月が、さーーーーーっと音を立てて流れていった。

その時、国王陛下が口を開いた。
「ジャルジェ准将、そなたの地位、身分、伯爵領全てを元に戻すこととする。」
オスカルは、涙が出そうになった。アントワネットを見ると、微笑んで頷いていた。

  ***********************

国王夫妻への挨拶が済んだ人々は別室に設けられた、新年を祝う宴席の方へと移動した。こちらも、無論、身分によって、部屋が分かれていた。勿論、ジャルジェ家は、最高級の部屋である。

ジャルジェ夫人はそっとアンドレに、オスカルから離れないよう告げた。
アンドレの顔が、ちょっとひきつった。
そのオスカルは、久しぶりの宮廷の、庭園が見下ろせる窓辺にそっと近づいて行った。

アンドレは、グラスを2つ持って、窓辺に立つオスカルの元へと行った。
「おい、喉が渇いただろう?」と言って、オレンジ色の液体の入った方を渡した。
「何だ?これは?オレンジジュースじゃないか!

せめて、ジンジャーエールにしてくれ!
おまえは・・・ウィスキーか・・・ずるいなぁ!」
「ははは ・・・直ぐにまた、一緒に飲めるようになるさ。」

すると、オスカルは恥じらうように、頬を染めながら、
「うん、だけど・・・やはり、授乳ってのをしてみたいと思っているんだ。ダメか?」
ばら色の指先でアンドレのクラバットを弄びながら、
子供のように甘えた仕草で言い出した。

「どうして、おれがイヤがると思うんだ?おれは、賛成だ。」
「ん〜だって、一般的にオトコは、妻が授乳すると、・・・
胸の形が悪くなるから、嫌がると聞くし・・・
ばあやが貴族の女が乳をやるなんて考えられない!なんて言いだすんだ!」

「それは、一般論だろう?
おまえは普通の女とは違うって、言ったのはおまえじゃないか!
おまえのやり方でやればいい!」
「うん!そうする❣️」

「ほほほ・・・相変わらず仲良しね。オスカル、お久しぶりですね」
アントワネットが、声をかけて来た。

そう、ここはヴェルサイユ!
公式の場では、身分の低いものから高いものへ声をかける事が許されていない。
とりわけ、今日は一年の初めの日、アントワネットが誰に最初に声をかけるのか、皆、興味深々だったのである。

そのアントワネットが、こともあろうか、ずっと犬猿の仲と噂されていた、オスカルに始めに声をかけたので、広間は一瞬、し~んと静まった。

しかし、二人の女は周囲の雑音(静寂?)に気を留める事なく、お互いを見つめ合った。
「あれから色々なことがありましたね。」
アントワネットが優しく話しかけた。
「オスカル、貴女が母親になるとは思ってもいませんでした。」

「わたしも驚いております。アントワネットさま。
陛下も二人のお子様に恵まれたとの事、お慶び申し上げます。」
「ほほほ・・・皆陛下のお子です。
フェルゼンは・・・あの方は、やはり、忠義の人・・・

わたくしには、指一本・・・いえ、貴女だから打ち明けるけど、
口づけしかくださいません。
それに、・・・人前では、決して会う事はないでしょう。
これまでも、これからも・・・

ですから、今日もヴェルサイユに滞在してらっしゃるというのに、
こちらにはいらっしゃいません。」
「そうでしたか。それは、お辛い事ですね。」オスカルは、心からそう思った。

「オスカル!貴女、出産したら軍務に戻ると聞きましたが・・・」
「はい、国王陛下からお許しを頂いたので、身体が回復次第、
衛兵隊に復帰する所存でございます。」
「大丈夫ですか?」と言う、アントワネットの言葉にオスカルは、首を傾げた。

「貴女は知らないのですね。
子どもと言うのは、生まれてみると、お腹にいる時からですけど、・・・
可愛くて、可愛くて、とても離れる事など出来ないものですよ。
そして、自分で育てたくなるものです。」
「そういうものなのですか?」

「ふふふ( *´艸`)生まれてみれば、分かるわ。
もし、軍務に復帰して、何か困るような事があったら、
必ずわたしの所にいらっしゃいな!
覚えておいてください、必ずですよ。」
と、言い残してアントワネットは去っていった。

一方、アントワネットとオスカルが、2人で話し出したので、
一歩離れた所に身を引いたアンドレに、ジャルジェ将軍が近寄ってきた。
「おい!息子よ!飲んでおるか?」
「あ!旦那さま・・・」
「何を言っている!父上と呼ぶように言ったではないか!」

「すみません。旦那さま・・・それだけは、ご勘弁を・・・」
「そうか・・・ダメか?・・・オスカルも言っていた。
アンドレが、父上と呼ぶなど、考えられない・・・とな。・・・」

「わしはな!おまえが、ジャルジェ家に引き取られてきた時から、いい奴だと思っていた。・・・ただ、どうも、頭が固くて、おまえを一人の男と見ることなく、使用人の一人としか認識できなかったのだ。
わしは、鼻が高い!

アレ・・・オスカルが、おまえを選んだことを、今なら心から自慢できる」
「(。´・ω・)ん?そ・・・そこですか?」
「男の子どもが生まれたら・・・このわしが、きっと立派な軍人に育てて見せよう!」
将軍は、嬉しそうに言った。

だが、アンドレは、

「いいえ、旦那さま、オスカルはきっと自分で育てると言うと思います。
現に、しばらくは、授乳もすると言っていますし・・・」
「そ・・・そうか・・・初めて、内孫が出来たみたいで、楽しみにしておったのにな・・・」

アンドレが、慌てて取り繕うとすると、夫人がおっとりと近づいてきて、若い者に任せてわたしたちは、見守りましょう。

・・・と告げ、オスカルが、疲れるといけないので、この辺りでお暇しましょう。と言った。

元々、社交界には偶にしか、顔を見せない家柄である。廻りももう、噂にする事もないと、見向きもしていなかったので、四人はひっそりと宮殿から消えた。

  ***********************

オスカルとアンドレが、自室に戻ると、アンドレは侍女達を遠ざけおもむろに、言った。
「おい!オスカル!
おれが向こうを片づけている間に、旦那さまといったい何を話していたんだ?!」

「う゛!」

「おれは、この部屋でおまえと一緒に暮らすことは、全然かまわない。
だけど・・・着替えを手伝わされたり、
髭を剃られたり、給仕されたり、・・・冗談じゃないぞ!

コラ( `―´)ノそんな、可愛い顔をしたって、だまされないぞ!
剣の稽古も構わない、銃の練習も厭わない。・・・だけど・・・そこまでだ!」

「でも・・・わたしは、おまえと同じものを食べて、
おまえの健康にも、気づかいしたいんだ!
以前のように、おまえだけが、わたしの気づかいするのは、イヤだ!」

おれは、オスカルの瞳の底に言い知れぬ不安が広がっていくのを見た。
オスカル、おれはおまえにそんな不安になる事を言っているのか?
もしかして、・・・3年前のように、お屋敷を出ていくとでも思っているのか?

おまえの幸せが、おれの幸せだ。

わたしは、アンドレが、遠くへ行ってしまうような気がして、
アンドレの広い胸に飛び込んだ。
が、大きくなった腹が邪魔をして、おまえに思いっ切り抱きつけない!
おまえは、本当に遠くへ行ってしまったのか、・・・

オスカルが、急におれの胸に飛び込んできた。

しかし、大きなお腹が、おれたちの間を隔てる。
その時、
オスカルの腹から、ぽんぽこ、ぽんぽこと、おれを蹴とばす小さな命があった。
まるで、おれに抗議をしているような、・・・おれの目を覚ますような、胎動だ。

オスカルを見ると、相変わらず、不安な顔をしている。
母子で訴えているのか、・・・・・・と、おれは思った。

「おまえの腹の子が、おれの事を叱っている・・・」
「ああ、わたしの気持ちがこの子にはわかるんだ!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・おれは・・・・・・・・・
・・・・・・・・おまえが・・・・・・・・・お屋敷に戻ると・・・
・・・軍人に戻ると決めた時・・・・・・・・・・・

・・・おれは、おまえを今まで以上にもっと、支えていけるように強くなりたいと思った。
強い大木の様ではなく、柳のように、強くしなやかになりたいと思った。
貴族の世の中でも、平民の時代に変わったとしても、
おまえを守って、幸せになって欲しいと思った。

そんな事に比べれば、どんな待遇を受けようと、そんな事は小さなことだな。
分かったよ、全てを受け入れよう。
・・・ただし・・・」

「(。´・ω・)ん?」
「髭剃りだけは自分でやりたい・・・
おまえがプレゼントしてくれた、髭剃りセットを自分で使いたいんだ!
それだけは、認めてもらえるか?奥さま?」

「もちろんだとも、その代わり、
わたしが、授乳する時におまえのプレゼントのガウンを着る事もOKだな?」
「もちろんだよ、愛しい奥さま(^_-)-☆」

「さて、決まったのなら、この鬱陶しいドレスを、着替えたいのだが、・・・
アニェスを呼んでもいいかな?旦那さま?・・・(。´・ω・)ん?」

「ちょっと待ってくれ!まだ、じっくり見ていないんだ。
おまえのその姿。・・・こっちを向いておくれ・・・・・・・・・

美しいな~それに・・・すばらしくきれいだ!
並んで鏡に映してみよう!
おまえの化粧室に行こう・・・」


「どうだ!アンドレ、似合いの夫婦だろう!」
「ああ、だけど・・・このドレッサーは、この化粧室には相応しくないのではないか?」
「いいんだ!おまえが、わたしの為に選んでくれたドレッサーだ。
この鏡に映る、わたしを見るのが、一番好きなんだ!」

こうして、原作下剋上のアンドレは、本作では更なる、下剋上を果たしたのである。


BGM One More Try
By George Michael
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