♪Thank God It’s Christmas
明日は臨時休業にしよう!
アンドレが、突然言い出した。
明日はクリスマスだ。
お客がたくさん来る。
開けておかなければ、いけないんじゃないのか?とわたしが、言うと。
大丈夫だ!クリスマスはみんな家族で過ごすからいつも開店休業なんだ。って言う。
だって、去年こっそりと覗きに来た時は満席だったぞ!
来たことは内緒だから言えないけど・・・。
わたしが、ぶーたれていると、アンドレは、きまり悪そうな顔をして、だって、おまえの誕生日だろう?ふたりでゆっくり祝いたいんだ。なんて言ってきた。だったら、おまえの誕生日の8月も休みにしないと平等じゃないじゃないか!と、思ってしまう。
祝ってくれるのは、嬉しいし、・・・なんて考えこんでいたら、アンドレがどこからか両手いっぱいの食材を抱えて、ニコニコ(^^♪近寄ってきた。
この間、パリに行った時、ル・ボン・マルシェで買ってきた。・・・と言う。その頃から用意していたのか!何が入っているのか、2人でダイニングテーブルに出し始めた。
・・・・・・・・・?・・・・・・・・・
半年余りこちらで暮らし始めて、いろいろな事に慣れてきたはずなのに、・・・またまた、分からないものに出合い始めた。
これもまた、楽しい!最後の紙袋を開けようとしたら、アンドレにちょっと待て!それは注意して開けろ!と言われた。・・・そっと開けてみると、・・・・・・・・・白い粉が入っていた。これなら見た事がある。・・・小麦粉だ!高価な小麦粉を、明日の為に手に入れたのか?わたしは胸がいっぱいになった。
わたしが、あまりにもジッと小麦粉の袋の中に顔を突っ込んでいたので、
アンドレが、心配して、
「その位じゃ、あまり大きなケーキは作れないが、許してくれ!」なんて言ってきた。
大きさなんてどうでもいい。おまえの気持ちが嬉しいんだ!
「明日は、わたしも一緒にケーキを作りたい!
ケーキだけじゃなくて、他のものも手伝いたい!」
と言うと、アンドレは、わたしの頭をぽんぽんとして笑っていた。
夜になると、店は客でごった返しているようだ。・・・ようだ。と言うのも、寒くなって来てから、客の出入りで冷えるからと、アンドレは、わたしを店に出してくれなくなった。下でわいわいがやがや、楽しそうな声が聞こえている中、1人で過ごすのはやはり寂しい。
特に、ベルナール達、衛兵隊の面々が来ている時は、下に降りたくてうずうずしてしまう。足元が見えないから、1人で階段を下りてはダメだ、とアンドレに言われているし、自分でもちょっと不安なので、階段の一番上に腰掛けて下の様子を聞いている。
仲間に加わりたい。・・・ジェルメーヌが来ていると、様子を見に上に来て話し込んでいく時もある。・・・アランも時たま上がってきて隊の様子などを話してくれる。・・・その他の客の時は、本を読んだり、ベルナールの新聞その他の新聞など読むものはいくらでもある。
また、それらを読んで書きたいことも沢山ある。
しかし、何処か満たされない。なにかが、わたしの中でうずき始めている。
空を見上げると、きれいな星が瞬いていた。
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クリスマスの朝、と言っても明け方に床に就いたのでもう昼前だろう。
わたしは、目覚めた。
ここのところずっとくすぶっている想いが、また、にょきっと頭を出し始めた。
腹が重いので、アンドレの方を向いて思いを巡らせてみる。
確か、一年前の明日だ。アンドレへの思いを胸に、耐え切れずここを訪ねてきた。そして、アンドレと結ばれて、・・・・・・・・・そうだ、これからは貴族の時代は終わると、・・・平民の時代だと、・・・その平民になって暮らそうと屋敷を出て、アンドレと結婚し、暮らしてきた。
初めは、平民の生活に慣れるのに必死で、また、平民の暮らしを覚えるのが楽しかった。
毎日が、昨日の続きのように過ぎていった。ただ一つ変わっていくのは、わたしの腹の大きさ。段々とアンドレは、わたしが重い物を持ったり、かがんで洗濯をしているのを、止めるようになった。そういう事をした時、アンドレは、決して怒ったりしない。ただ、悲しい顔をする。わたしは、アンドレのそんな顔を見たくなくて、何もできなくなってしまう。
イヤ違う、そんな事ではない。
わたしは、腹の重さを確かめたくて、・・・後一か月もしないで生まれてくるだろう腹の子はズシリと重たい、・・・仰向けになってみた。
腹をさすってみる。
・・・両手を天井に向けて伸ばしてみる。
指は、・・・かつて指揮棒、剣を握っていた時の、硬さがまだ残っている。
左手でそっと右手のそれに触れた時。
「決心がついたか?」突然、アンドレの声が聞こえた。
「眠っていたんではなかったのか?」
「おまえの事は、眠っていても伝わってくる。で、決めたのか?!」
「ああ!知っていたのか?」
「しばらく前から、何か考えている様だったから、気になっていた。
決めたのなら、直ぐに行動に移さねばな!
もう、お屋敷の方にはあらかた使用人たちが、戻っているらしいから、直ぐに様子を見に行って来るよ。おまえは、待っていてくれ!」
「イヤだ!わたしも行く!自分の事だ、行動したい!」
「そうか、・・・わかった。但し、馬に乗れないから、辻馬車か歩きだぞ!
さあ、仕度だ!おまえ、髪が、爆発しているぞ!」
「ふん!おまえだってものすごいぞ!」
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昼過ぎ、ジャルジェの屋敷に行くと思いがけず父上がいらした。わたしたちが2人揃って現れると、真っ直ぐにわたしの目を見つめ、既に改装が済んでいる応接室に入るよう促した。
「戻るか?」
いきなり父上が、切り出した。
単刀直入で気持ちよかった。
「はい!やはり、わたしは、軍人以外にはなれません。・・・つきましては、どうか父上から陛下に、お許しを賜りたい旨お伝え願えないでしょうか?」
「うむ、アンドレはどうするのだ?」
「以前と変わらず、わたしの護衛兼遊び相手、
そして、夫として共に生きていって欲しいと思います。」
「国王陛下がそれを許すと思うのか?」
「そこを、父上のお力で何とか・・・」オスカルは、ニヤリと笑った。
「ふん!一年かけてうまいことやりおった。・・・知能犯め・・・。
わしは、これから宮廷に謁見のお許しを頂きに行って来る。
・・・おまえらは、・・・多分、謁見は明日になるだろうから、礼服の注文と、そこら辺にいる大工にこれから住む部屋の打ち合わせでもしておけ!」
父上は何かお考えがあるのか、文をしたためると、ヴェルサイユ宮殿へと馬車を走らせた。
わたしたちは、父上の言いつけ通り、仕立て屋を呼び、・・・実際、わたしは、腹が出ているし、アンドレは、体型が変わってしまって、二人共、以前の礼服が着られなくなってしまっていた。
しかし、午後になって採寸し、翌朝には仕上がって来るというのだから、ブラック企業ならぬ、ブラック雇主だな。以前はそんな事を考えた事もなかったが、これを成長と呼んでいいのなら、わたしの下町生活も捨てたものではないな。
採寸が済むと、屋敷の改装を請け負っている、職人の親方と打ち合わせを始めた。アンドレは、以前のように使用人棟に住むと言って、頑張ったが、
・・・これも下町生活で身につけた、涙をそっと見せて、上目遣いに見上げる。・・・と言う手段を使って、わたしと一緒の部屋に住む事に、首を縦に振らせた。
細かい事は分からないので、1階の朝日の入る場所を指定した。2人でゆっくりと過ごせる居間、寝室があって、居間からは子どもがテラスに出られるように指示した。その他は適当に決めてくれるように手配した。勿論、子ども部屋も隣接して設ける事は忘れなかった。
すべてが終わってゆっくりと、お茶を楽しんでいると、父上がお戻りになった。
「明日の午後一番で国王陛下がお会いしてくださるそうだ。・・・アンドレも供をせよ!
今夜は、向こうに帰るのであろう!ジャックに送らせろ!
明日もジャックに迎えに行かせるから、そのつもりで仕度しておけ!」
と、言って、黄色の安全ヘルメットを被り、工事現場の監督に戻っていった。
帰り支度をしていると、アニェスがやって来た。わたしの腹を見て、
「オスカルさま、もう、いつ生まれて来るか分からないくらいですね。
今日はご自宅におかえりになられるとの事ですが、明日からは念の為、こちらに住まわれた方が宜しいかと思います。」
と、言い出した。
お産の事はさっぱりわからないので、従う事にしたが、まだ部屋が出来ていないのではないか?と尋ねると・・・、
「取りあえず、突貫で一部屋明日までに用意するように致しましょう・・・」
と、言われてしまった。
また、わたしたちは、ブラック雇主になったようだ。
わたしが、アニェスと話していると、アンドレはジャックと何か話し込んでいた。馬車に乗ってからアンドレに聞くと、使用人の中に乳母になる女性がいるか聞いていたとの事。・・・アラスに一人、最近出産したジャックの末の妹が居るので、至急ヴェルサイユに呼び寄せるよう算段する話をつけたそうだ。わたしは、自分の乳で育てたいと思っていたが、現実はそうもいかないようだ。
これで、わたしたちは、ブラック雇主、兼ブラック貴族になってしまった。
BGM Kings And Queens
By Aerosmith
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