♪Machines (or ‘Back to Humans’)

オスカルが部屋を出て行っても、アンドレは、独りで酒をちびりちびりと飲んでいた。
もう火鉢で燗をつける事もなく、当ての肴があるわけでもなかった。

一番泣かせてはいけない人を、泣かせてしまった。
そんな思いが、重くのしかかって来ていた。

ふと気づいて、向かいに置かれたままの、
オスカルの飲み残した杯を手に取り、一口飲んだ。

彼女の涙の味がした。
心に沁みわたった。
オスカルの深い深い悲しみがアンドレの心の奥に沁みわたった。

しかし、長年にわたり連れ添ってきた憎しみが、これを拒んだ。アンドレは、残りの涙で割った酒を、一気にのどに流し込むと、ぱたりと仰向けになり、両手を枕代わりにして、天井を見つめた。

しばらくそのまま何かを考えていたようだが、ごろりと横を向くと、今度は座布団を二つ折りにして枕にすると眠ってしまった。

  ********************

部屋に戻ると、オスカルはもう涙を流してはいなかった。
真剣に聞くことに徹していたので、彼女にとって話の重みと、酒の量が合わなかった。

すなわち、ほとんどしらふで聞くにはアンドレの話が重すぎたのである。
戸棚から芋焼酎を出すと、グラスを持ってテーブルについた。
氷が欲しいと思ったが、アンドレに頼むわけにもいかず、しょうがないのでそのまま飲むことにした。

日本酒とは違う、少々強い焼酎がのどに沁みわたる。
いつもなら、一口飲むごとに心がスーッとリラックスするのであるが、この夜は、酒に酔う事が出来なかった。

アンドレが語った事をもう一度思い出しながら、咀嚼した。
この時代、太平の世と言いながらも、武士の間では『かたき討ち』は美徳とされ、特に親の仇は討つのが当たり前、成し遂げられない者は軟弱者と誹られていた。

アンドレも多分、この道場に逃げ込まなければ、『かたき討ち』など、考えなかっただろう。なまじ、道場で暮らし、武術を身につけ、道場主であるレニエに育てられたので、そのような考えを持ってしまったのだろう。

どうしたらいいものだろうか。

オスカルはグラスを見つめながら頭をフル回転させていた。

一番良いのは、アンドレに『かたき討ち』を諦めさせること。
しかし、彼の固い決意はそう簡単には変わりそうもなかった。

次に考えられるのは、『かたき討ち』をして、
なおもアンドレが罪に問われずにいられる事。
そんな事が出来るのだろうか、・・・・・

ふと、オスカルはアンドレの語ったある部分を思い出した。
腰を浮かして、書庫へと行こうかと思ったが、真夜中であることを思い出して座りなおした。

が、また立ち上がると、押し入れからぶ厚い掛布団を出すと、肩に担いで部屋を出た。

思っていた通り、オスカルの想い人は、こたつで眠っていた。
先程までの、険しい顔が消えて子どものようなあどけない寝顔を見せていた。

オスカルは知らなかった母性本能・・・・・自分では自覚していない・・・・・が、溢れ出て、ただただこのオトコを愛おしく思い抱きしめたくなる衝動を抑えた。

そっと、布団をかけると、
・・・・・待っていろよ!必ず見つけてやるからな!
と、そっと声を掛け、額に優しく口づけると、自室に戻っていった。

  ********************

道場中が漸く寝静まると、ひたひたと音を立てずに起きだした者がいた。
迷うことなく、目的の香りのする部屋へと向かった。

ああ、この部屋ですね。
妙なるバラの香りがただよってくる。
やはり、エッセンスとは違う、本物のバラだ。
オスカル嬢、少しだけエネジーを頂きに参りました。

ジェローデルは、そっとオスカルの部屋の障子に手をかけようとした。
すると、ビビッと、手がはじき返された。

むむむ、・・・・・ああ、まさか!こんなところに『クルス』が、・・・・・
私はまだ、エドガーの様に十字架に触れるほど、強くはないのです。

だから、禁教のジャポンに来たのに、障子の桟がネックになるとは、
思ってもみませんでした。

一つならまだしも、こんなに数多くの『クルス』では、太刀打ちできません。
今宵は、出直してきましょう。

ひたひたひた ひたひたひた
ひたひたひた ひたひたひた  ←ジェローデルが去る音

  ********************

翌朝とは言っても、まだ暗い中、アンドレがいつものように玄関に現れると、
今朝こそはいないと思っていた、オスカルが、
相変わらず、忍者ハットリくんになってニコニコ(^^♪と立っていた。

アンドレは、もう逃げたいような、嬉しいような。
自分でも気持ちの持って行きようがなく、
本当に逃げ出すように、何も言わず、猛ダッシュで出発した。

オスカルは、そんなアンドレの気持ちが分かっているのか、
これまた猛ダッシュで追いかけていった。

アンドレは、何処までも己の目をまっすぐに見つめ、追いかけて来るオスカルに、今までずっと培ってきた『かたき討ち』という決心を揺るがせられそうになっていた。
そこで、自分でできる限り、オスカルから逃げるようにした。

先ず、最大の喜びだった、オスカルにホカホカの白いご飯を渡す。
・・・・・という事を手放した。
そして、その権利は、それを熱望していたフランソワに渡された。

次に、これはオスカルが楽しみにしていた、おやつタイム、・・・・・別名、(´~`)モグモグタイム・・・・・を一緒に過ごすことを辞めた。すなわち、お盆にオスカル一人分のおやつとお茶を持って届けるだけにした。

反論が出るかと思いきや、オスカルは、お盆をにっこりと受け取るとそれを持って、とっとと書庫へと向かってしまった。
そして、夕食まで出てこない日がずっと続いた。

これには、アンドレの方が拍子抜けだった。
夜明け前の修行、道場での稽古。
オスカルと過ごす時間は長かったが、声を交わす事が殆ど無くなった。

しかし、オスカルは、修行の時も道場での稽古でもアンドレに真剣に向かってくる。
無言で、・・・・・その真剣さが、アンドレには眩しかった。

今まで、独り影のように生きてきたアンドレにオスカルは、自身の光を放って濃く暗かった影を少しずつ和らげている様だった。
当の本人達は気づいていないが、・・・・・

一方のオスカルは、書庫に入るとまた、調べ物に夢中になった。
片っ端から書物をめくっていく、そして、調べ終わった書物はそこら辺に投げ散らかしておく。

アンドレが、整理しようとすると、
これでも、分類しているんだ!
不要なものと、必要な書物!

しばらくこのままにしておいてくれ!
と、告げた。

こうして、いつの間にか師走になった。

BGM Drunk
By Ed Sheeran
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