ジャルジェ家の馬車が滑るように、衛兵隊の門を通過していった。
一刻も早く着きたいと願うオスカルは、窓の外を必死になって見ている。すると、車寄せにジャルジェ家の馬車よりも豪華な馬車が停まっていた。
オスカルは、自分が遅くなることを知って、ジェローデルが今頃、これ見よがしに超豪華な馬車で来たのかと思った。が、馬車の紋章を見ると、ジェローデル家のものではなかった。
我と我が目を疑った。フェルゼン家の紋章があった。
え゛・・・?!
馬車が停まると、馭者が扉を開ける前に、飛び出した。
フェルゼン家の馬車の中を覗いてみた。誰もいなかった。
それを確認すると、オスカルは、司令官室に向かって猛ダッシュした。
バターン!!!!!
思いっ切りよく、司令官室のドアが開いた。
相変わらずすました顔のジェローデルの顔が、パッと明るくなった。
「マドモアゼル、お加減が宜しくなったのですね?
この私がどんなに心を痛めたか、貴女はご存じですか?
しかし、良かったです。午前中のゴタゴタに貴女様を巻き添えにする事がなく、落ち着いたこの時刻にいらっしゃって下さり、安どいたしました。
さあ、取りあえず、ジョルジュにコーヒーか、ショコラでも淹れさせてごゆっくりしてください。落ち着かれたら、最近できたお洒落なカフェにでも出かけましょう!」
オスカルが、口を挟む間もなく、ジェローデルは歌でも歌うように、こう述べた。
漸く、ジェローデルが息継ぎをする為、口を閉じた所に、オスカルの超ど級の雷が落ちた。
「話は、聞いてきた。
何故、車寄せにフェルゼン家の馬車がいるのだ!
彼と分からないように、此処から出さなければならないと、思わなかったのか~!?」
オスカルは、当たり前の事を、怒鳴り声で聞かせた。
すると、驚いた事に、驚いたように、ジェローデルは、
「フェルゼン伯爵を、お屋敷にお帰り頂くのに、相応しい馬車がございませんでした。ああ、勿論、ジェローデル家の馬車も御座いますが、そちらは本日、体調がすぐれない隊長をお慰め差し上げようと、こちらにお着き次第、カフェにでもお連れしようと残す必要があったのです。
問題は、全てこのジェローデルが解決しました。
さあ、カフェに行って、私たちも旧交を温めませんか?
美しい方?!」
もうもう、オスカルは仮病だったのが、ホントに具合が悪くなってきた。
眩暈で倒れそうになるのを、かろうじて踏ん張り、超超ど級の雷を落としたい所だったが、人間は、怒髪天になるほど、静かに、冷静になり、丁寧に話す時もある。オスカルにとっては、今だった。
「では、ジェローデル少佐、解決されたと言っていたが、
車寄せの、フェルゼン家の馬車の中は、誰ひとり、・・・馭者などを除いてだが・・・お乗りになっていなかった。
今、フェルゼン伯爵は、どちらにおいでなのかな?」
オスカルは、微笑みさえ浮かべながら、ジェローデル少佐に訊ねた。
もしかしたら、これが、ジェローデルをお払い箱にするチャンスかもしれないとも、思っていた。
対する、ジェローデルも、良い所の貴族の貴公子然として、
「フェルゼン伯爵は、30分ほど前、この部屋を、お出になりました。
車寄せまでの、順路を説明しましたし、説明するほど、込み入ってもいないのですから、もう馬車の人となっている事でしょう。
マドモアゼルが、彼にお会いにならなかったのは、マドモアゼルが、どちらかにお寄りになっていらしたのではないのでしょうか?」
袖口のレースを整えながら、話すジェローデルを今日こそ、ぶん殴ってやろうと思った事はなかった。
だが、フェルゼンの件の方が先だった。
「30分前と言ったな?
此処から、車寄せに行くまで、5分とかかるまい!
フェルゼンは、亀の様な歩き方でもしているのかね?
それに、フェルゼン家の馬車を呼んで、もし、隊士の中の誰かが、気づいたらどうするつもりなのだ?
昨夜から、2度も庭園を、ウロチョロしているのを、見つかっているのだぞ!?」
ジェローデルは、なにをマドモアゼルは、慌てているのかと、訝しがりながら、
「フェルゼン伯爵は、れっきとした貴族。
それも、スウェーデン人ながら、宮廷にも出入りを許された、貴人です。
何時、庭園を歩いていられても、彼の自由だと思いますが・・・。
何か、問題でもあるのですか?マドモアゼル?」
もう、オスカルを止めるものは、この部屋にはいなかった。
右手を思いっ切り後ろに振りかぶり、左手で、ジェローデルのクラバットを掴んだ。今まさに殴ろうという時に、此処にはいない、愛する男性の声が聞こえた。
・・・武官は、感情で行動するものではない・・・。
・・・武官は、感情で行動するものではない・・・。
・・・でも、人間だ・・・。
オスカルの手が、降ろされた。
ジェローデルは、真っ青になって固まっていたが、すました笑顔を取り戻すと、
「マドモアゼル、冗談が過ぎますよ」
シレっと言った。
オスカルは、今度こそアンドレの言葉を無視しようかと思ったが、愛する男性の言葉は、重かった。
「ジェローデル少佐、フェルゼンがあの時間に何故、庭園を歩いていたと思っているのだ?
夕涼みなどと、惚けた事をいうな!」
オスカルは、ジェローデルが、話し出そうとするのを無視して続けた。
「さる高貴な女性と、お会いしていたと、考えないのか?
それとも、君は世情に疎いのか?」
な・・・なんと、うかつな・・・。
そうだったのか・・・。
ジェローデルは、脱力した。
それを見たオスカルは、次の話題に移った。
「フェルゼンは、30分前にここを出たと言っていたな?
どの、順路を教えた?」
ジェローデルは、増築に増築を重ねて、入り組んだ衛兵隊の建物だが、割とわかりやすい最短距離を教えていた。オスカルは、ロジェにその通路を通って、もう一度、フェルゼン家の馬車が車寄せにまだいるか。いるのならば、中に人は乗っているのか、見て来るように伝えた。
ロジェは、直ぐに司令官室を出ると、走り去る足音が聞こえ、オスカルが、イライラする直前に戻って来た。
馬車は、まだいます。中には誰もいらっしゃいませんでした。
ロジェが、テキパキと答えた。
オスカルの顔が、真っ青になった。何故?ジェローデルの案内は(残念ながら)的確だ。何処に消えたのだ・・・フェルゼン・・・。
オスカルは、そこにいる全員に、フェルゼンを探し出すよう命令をした。
しかし、また、能天気な貴公子然とした男が反対した。
司令官室に、人気が無くては困ります。
それに・・・ロジェとジョルジュは、フェルゼンの顔を知らないはず。
どうやって探すのですか?
遂に、オスカルの堪忍袋の緒が切れた。
「いい!わたしに構うな!ジャルジェ家のもので探す!
おまえは、自分でお茶でも淹れて、ほっこりしていろ!」
と、言うなり、ロジェとジョルジュを従えて、出て行った。
司令官室を出るとオスカルは、2人に手分けをして探すよう命じた。
すると、ジョルジュが、件の紳士の顔は見知っていますが、私は勤務時間の殆どの時間を司令官室で過ごしています。ですから、衛兵隊内は、不案内です。と言った。
一方のロジェは、衛兵隊内はよく知っているが、その貴族さまの顔は垣間見ただけなので、記憶にない・・・と言いだした。
仕方がないので、2人で組んで、探すよう命じた。
三人は二手に分かれて、猛ダッシュした。
その頃、フェルゼンは、脂汗を掻いて、焦っていた。
行けども、行けども、外に出ないのである。
やっと、明るい所に出たと思ったら、練兵場だった。
多くの衛兵隊員がいて、あたふたと戻った。
が、来た方ではなく、また違った所へ行ってしまったようだ。
が、皆、下士官らの部屋ばかりで、どこもかしこも同じに見える。
かつて、ヴェルサイユ宮殿で、オスカルの部屋だと思って、アントワネットさまの部屋に飛び込んだが、あの時の方が、マシだと思えてきた。
前方に、大きなドアがあり、中から人の声が聞こえてきた。
避けようかとも思った。
だが、この際だから、もう一度順路を聞いてもいいかとも思った。
その時、ドアが中から開いた。
手に小さな本の様なものを持った、アランだった。
ふと、目が合った。
途端、アランは回れ右をして、何もなかったように室内に消えた。
フェルゼンは、アッっと、手を上げて止めようとしたが、遅かった。
が、直ぐにアランが消えたドアに突進した。
ドアノブに手をかけた。
しかし、鍵がかかっていた。
アランが戻ったと同時に鍵をかけたのである。
だが、フェルゼンにとって、このドアの向こうに、この難破船の助け舟があると必死だった。
ドアノブをひねってみた。
ひねって押してみる。
それでもダメなら引いてみた。
びくともしなかった。
こうなったら、壊すしかない。と、大貴族の、紳士である、フェルゼンとは思えない考えが浮かんだ。
人間困難に合うと、何をしでかすか、分からない時もあるのである。
後ろの壁まで、下がってみた。
足でけ破ろうか・・・体当たりするか・・・。
足元を見た。
つい最近、アントワネットさまから頂いた、大切な靴を履いていた。
これを、台無しにする事は出来まい。
体当たりだ!
腕まくりをすると、一応周りを見渡した。
すると、アランの入ったドアの隣に、もう一つドアがあった。
拍子抜けした。
が、気を取り直して、そのドアを勢いよく開けた。
衛兵たちが寛いでいた。
ビリヤードをしているものもいる。
カードで賭け事をしているものもいた。
だが、フェルゼンの探し人・・・アランの姿が見えない。
目を凝らしてみると、部屋の奥の暗がりに向こうを向いて座っていた。
これこそ、助け舟!命の恩人となる人!(なんと大袈裟な!)
声を掛けようと、まるで、恋人の元へ走り寄るように、歩を進めようとしたら・・・。
11丁の銃口が向けられた。
「うっ!」
「まてっ
あやしい、やつ!」
「逮捕する!」
「名を名乗れ」
衛兵たちが、銃を構えて、フェルゼンを取り囲んだ。
フェルゼンは、この24時間内3度目の、
「あやしい者ではない、通せ!」
と、タカビーに言った。
これが、衛兵たちに火をつけた。
一方、奥の方で聞いているアランは、笑いを押さえていた。
「ふざけるな!!
名をいえないというのなら、詰所まできてもらおう!」
アランが、手の届くところにいるのに、通せんぼされてしまった。
だが、ここで諦める訳には、いかなかった。
「通せと言っているのだ、衛兵!!」
言いながら、遠くのアランに声が届けと祈った。
そこへ、
「何を騒いでいる?!」
正真正銘、衛兵隊隊長、オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェが現れた。
「フェル・・・。」
オスカルは、絶句した。まさかこのような所に迷い込んでいるとは、想定外だった。
だが、この場面、原作ではまだ、反抗的だった隊員たちも、こちらでは好意的だった。それでも、夜勤が明けて、仮眠を取って、寛いでいる兵士たちのたまり場。
このような場所に、見知らぬ顔が出入りしているのを、見ぬふりするわけにはいかなかった。(当たり前である)
「あやしいやつなので、逮捕しました。
名まえを名のりません」
と、至極当たり前の事を、上官であるオスカルに告げた。
オスカルは、途方に暮れてしまった。
天を仰いでみるが、煤けた天井が見えるだけだった。
しょうがないので、原作通りに言ってみた。
「お通ししろ・・・
わたしが身元を保証する」
しかし、集まっている第1班の面々は、アンドレ不在のこの一年間。何が何でも隊長を『お守りする』と、皆で集まらないながらも、暗黙の了解で団結していた。
だから、こんな時刻に、こんな所まで、入って来る怪しい者に、敵意丸出しだった。それでなくても、昨秋、大事な隊長に畏れ多くも、結婚を申し込んだ、ジェローデル少佐が、司令官室に現れているのである。
今度も、そのような輩かと、危ぶんでいた。
オスカルが、観念した。と言った風に、口を開いた。
「陸軍連隊長で、あられるぞ!!」
「え゛・・・。」隊員たちの何名かが、素っ頓狂な声を上げた。
「そ・・・そのような、方が、ど・・・どうして、俺らの、娯楽室兼食堂に、あ・・・現れるんだ?!」
「そうだ!そうだ!」
「おかしいぞ!」
またもや、オスカルは途方に暮れてしまった。
アンドレがいれば、この場を何とか納めてくれるだろうが・・・。
ふと、思った。正式な、身分を明かせば、何とかなるだろうと・・・。
「彼は、正式には・・・
ロワイヤル・ドウー・ポン連隊つき
員数外大佐。だ!」
これで、事態は、丸く収まるとオスカルはホッとしながら、口を閉じた。
第1班の隊員たちも、口をポカーンと、開けたまま固まっていた。
実際の所、意味が全く分からなかったのである。
漸く、フランソワが、どうにかわかる部分を聞いてきた。
「隊長!
員数外って、何ですか?!」
周りの隊員たちもざわざわしてきた。
え゛・・・
今度は、オスカルが固まってしまった。
そして、フェルゼンの方を見た。
オスカルに、問いかけられるように見つめられた、フェルゼンは、
ただただ、左右に首を振るだけだった。
実は、彼もこの地位を、アントワネットさまから頂いたものの、意味が分かっていなかった。だからといって、アントワネットさまに、お尋ねするのもはばかられ、今に至っていた。
絶体絶命だった。
その時、オスカルの心に、アンドレに声が聞こえた。
・・・酒と、食べ物さえあれば、奴らは懐柔できる。・・・と。
・・・さらに、美女がいれば、完璧だ!・・・と。
普段のオスカルが、戻って来た。
昨夜の諸君の、夜勤をねぎらう為、今夜は、この員数外大佐から、無礼講のもてなしをしてもらう。
ついては、他の班には内密にしたい為、密かに、店を選び、わたしに伝えてくれ!
勿論、わたしも行くぞ!当然、彼も行く!
オスカルは、最後の一言は、勢いで言ってしまった。言ってしまってから、しまった。・・・と、思ったが、口から出た言葉を戻すわけにもいかず、目を白黒しているフェルゼンと、顔を見合わせた。
兎に角、言ってしまったし、酒と料理と、超美人の隊長と、アンドレ無しで呑めるとあって、第1班の11人は、大喜びだった。
約1人は、隅で、これまた、呆けた顔をしていた。
こうして、オスカルは、フェルゼンを衛兵隊内から連れ出し、無事に馬車に押し込み、見送った。
フェルゼンをどうにか、帰して、オスカルは心からホッとした。
やれやれと、司令官室に戻ろうか、と、振り向こうとした。
その時、いや~~~な、気配を感じた。
このまま振り返らず、ダッシュしてフェルゼン家の馬車に乗り込みたい衝動に駆られた。
しかしながら、そうもいかず、恐る恐る振り向いた。
相変わらず、すました顔の、面倒くさいオトコがいた。
一難去ってまた、一難。とは、この事なのだろうか?
こいつに、話し始められたらまた、滅入ってしまう。
オスカルは、先手を取る事にした。
「フェルゼン伯爵のお見送りか?
ならばもう、行ってしまったぞ!
それに、司令官室を無人にしては、いけないと言ったのは、君ではなかったかな?」
ふん!とばかりに、オスカルにしては、出来る限りのイヤミを言ってのけたつもりだったが、なぜかこのオトコ相手には、いつもの切れの良い、シニカルな物言いが出来なかった。だから余計、このオトコと話していると、頭痛がしてくるのであった。
兎に角、オスカルが、もう向こうに行ってくれ!との意味を込めたはずだった。それなのに、オスカルの言葉を聞いてなかったのか、それとも無視しようとしているのか、ジェローデルは、
「新しい隊員が、到着しました。
ただ今、身体検査、体力測定などをさせています。
身支度が整い次第、隊長にお目通りしたいとの事。
一介の、衛兵が・・・と、思ったのですが、ド・ギランド艦長からの親書を持っているとの事です。
頃合いを見計らって、隊長も司令官室にお戻りしていたしたく、私めが、エスコートに参りました。」
オスカルは、心底ゲンナリした。
何で、この男の言う事には、余計な事が付いてくるのだ!
オマケに、ジェローデルは、『この手をお取りください』と言わんばかりに、右手を差し出している。
オスカルは、しばらくジェローデルの手を見つめていたが、司令官室に向かって、猛ダッシュした。途中で、フェルゼンをまだ、探していた、ロジェとジョルジュに会った。兎に角、付いて来い!と言って、三人で走った。
廊下は走ってはいけません!と、常日頃、隊員達に怒鳴り散らしていたが、そんな事お構いなしだった。
司令官室に飛び込むと、オスカルは、ロジェにドアを閉めて、鍵をかけろ!と命じた。
え゛・・・それでは、ジェローデル少佐が・・・。と言うのを、構わない!と一刀両断して、やっと、自分の執務席に落ち着いた。
ジョルジュも息を切らしていたが、生粋のお茶当番、オスカルの為に、ここは、ショコラだろうと、給湯室に向かって行った。
ドアの外では、誰かが、ドアを叩き、なにやらわめいていたが、ジャルジェ家の3人は完全に無視していた。
*******************
やがて、いつ戻ったのか、ダグー大佐に連れられて、新入りの隊員・・・ロジャー・メドウス・テイラー・・・が司令官室にやって来た。
一目見るなり、オスカルが、ヒュ~っと口を鳴らした。
側に控える、ロジェも目を丸くして、己の主と見比べた。
ロジャーは、ニヤリと笑って、新任の挨拶をし、ド・ギランドからの、親書を渡した。
この場で、確かめて欲しいとの伝言です。と、男の身なりとは裏腹に、キッチリと告げた。
うむ。と言いながら、オスカルは、そんな面倒くさい事をしなくても、LINEでいいじゃないか!と、心の中でぶちぶち言いながら、一応もっともらしく、開いてみた。
目が点になった。固まっているオスカルを心配して、背後に立つ、ロジェがオスカルの手元を覗き込んだ。ロジェも固まった。
「なんなんだ?!これは?!
おまえの仕業か?それとも、ド・ギランドがわたしをおちょくっているのか!?」
オスカルは、親書をロジャーの方に向けた。
ロジャーは、平然として言った。
「それは、ド・ギランド艦長と私からの、『愛』です」
そして、オスカルに向かって、ウインクした。
オスカルが、肘を机に乗せ、手を額に当てて、俯いてしまった。
親書には、紙面いっぱいに、真っ赤なキスマークがあったのだ。
何を考えているのだ!あの親友は!?
年上で、世事に長けて、その上、ゲイだから安心して、頼って付き合ってきたのに・・・。
これからは、アイツとの距離を考えなければならないな・・・と、オスカルは、考えた。
ド・ギランドとの事を考えていると、新入りが、
「上官は、女性で、フランス一の美人だが、年上である上、もう決まった相手がいるから、ユメユメ、変な気は起こすなよ!・・・と、艦長に言われてきました。」
ふむふむと、オスカルは、気を取り直して聞いていた。
すると、
「でも、貴女の様な、美人で、しかも、キュートで、面白い人が、上官で、毎日会えるなんて、光栄です。
・・・で、今夜の予定は、どうなっていますか?
宜しかったら、私にヴェルサイユの町と、ヴェルサイユの味を案内してくださいませんか?」と言ってきた。
隣で聞いていた、ロジェは、目を白黒させている。
この事を、アンドレにどのように、どこまで伝えたらいいのか、頭の中が混乱してきた。そう、ロジェは、今夜、オスカルが、第1班とフェルゼンとの吞み会の予定が入っている事を、まだ知らなかったのである。
司令官室に怒声が響いた。
ぶ・・・無礼者―――――!
し・・・し・・・司令官室をなんと心えておるか!!!!!
クスッとロジャーが、笑った。
「ド・ギランド艦長が言っていた通りの方ですね。
軍人そのものに見えるのに、実は可愛い方だと、聞いてきました。
こちらが、ド・ギランド艦長からの親書です。
どうぞ、お受け取り下さい。」
へ・・・?
オスカルが、意味が分からないって顔をした。
ロジャーは、色男ぶりをプンプン漂わせながら、
「ああ、先ほどのは、私がこちらに来るまで、退屈だったので、通りすがりの店で会った女の子に頼んで作りました。お気に召されませんでしたか?」
タジタジになった、オスカルは、このオトコを海に投げ出したくなった。
確か、ド・ギランドは、海軍でも持て余していると言っていたが、こちらでも、持て余しそうだ。ジェローデルとロジャー・・・2人とも何とかして、お払い箱にしなければならない。(>_<)
が、ロジャーが手渡した二通目の封筒の裏には、ド・ギランドの封がしてあった。正式な、親書の様である。ペーパーナイフで開き、一読した。
またまた、目が点になってしまった。
え゛・・・このオトコが・・・。
そうなるのか・・・?
そうなれば、ひとつは、片付くが・・・。
本当にこのオトコで、出来るのだろうか・・・?
オスカルは、もう一度、ド・ギランドの親書を読んだ。
書いてある事に間違いはなかった。
文字も、正真正銘、ド・ギランドのものだった。
ニコニコしながら、ロジャーがオスカルの執務机に両手を置いて、屈みこんでオスカルの反応を見ていた。
「君は、この親書の内容を知っているのか?」
オスカルが、目が点になったまま、神妙に尋ねた。
「もちろん!」
即答が、返って来た。
「ある人物が、司令官室で我が物顔をしているのを、追い払いたいと、貴女が切実に思っていらっしゃると、聞いてきました。それには、私のスキルが役に立つのだとも、聞きました」
「ふ~ん。この司令官室で、どの様なスキルが必要なのかわかっているのか?
それに、わたしは、おまえのスキルとやらを知らない!腕力だけでは、務まらないぞ!」
オスカルと、ロジャーは、商談段階に入って来た。
ド・ギランドからの、親書には、今、ジェローデルがやっている位の仕事なら出来るスキルがある。奴をうまく使って、ジェローデルを追い出せ!・・・と、だけ書いてあった。相変わらず、肝心な事が書かれていない。
ド・ギランドらしいと言えば、それまでだが。
「では、1週間!試用期間を設けては如何でしょうか?
それでだめなら、一兵卒にしてください」
自信満々に、ロジャーは、言ってのけた。
こう言われては、NOとは言えない。それに・・・ジェローデルをお払い箱に出来る!と言うのもありがたかった。だが、このオトコも少々、いや、かなりうざい気もする。
分かった。1週間だな!それでだめなら、第3班がおまえを待っている。
それと、あくまでも、わたしとおまえは、上官と従卒。その立場を忘れないように!いいな!と、オスカルは、念を押した。
が、しかし、色男ロジャーも引き下がらない。
「確か、貴女・・・失礼、隊長は、従卒と恋仲になったと聞いています。
ですから、私にもチャンスはあるはずですが・・・」
「彼は、わたしの幼なじみで、『遊び相手兼護衛』だ。そこら辺にいる男とは、付き合いが違う。もう・・・(と言って、オスカルは素早く引き算を始めた)27年の付き合いだ。おまえは勿論、他の男の入る余地はないぞ!」
オスカルは、自信満々にのろけた。(天然だから)
ロジャーは、分かりました。当分は大人しく、仕事をします。でも一年間あるのですから、心変わりするかもしれません。それを、期待して待ちましょう。
で、何から始めればいいのですか?
謎のスキルを持ったオトコは、早速仕事にとりかかった。
ロジェは、覚えたての文字で、メモ帳に今あった事を書き留めようとした。
オスカルが、座ったまま、少し割愛して書けよ!面倒くさそうに言った。アンドレなら、この位の事、笑ってスルーしてくれるに違いないが、会って直接伝えるのと、他人から聞くのでは、おかしな妄想が入ってしまう恐れがあった。
ジェローデル少佐は、相変わらず、部屋の外だった。
また、オスカルは、かなり考えた末に、今夜の宴会の段取りをしているフランソワに、1名追加の報告をした。
つづく
一刻も早く着きたいと願うオスカルは、窓の外を必死になって見ている。すると、車寄せにジャルジェ家の馬車よりも豪華な馬車が停まっていた。
オスカルは、自分が遅くなることを知って、ジェローデルが今頃、これ見よがしに超豪華な馬車で来たのかと思った。が、馬車の紋章を見ると、ジェローデル家のものではなかった。
我と我が目を疑った。フェルゼン家の紋章があった。
え゛・・・?!
馬車が停まると、馭者が扉を開ける前に、飛び出した。
フェルゼン家の馬車の中を覗いてみた。誰もいなかった。
それを確認すると、オスカルは、司令官室に向かって猛ダッシュした。
バターン!!!!!
思いっ切りよく、司令官室のドアが開いた。
相変わらずすました顔のジェローデルの顔が、パッと明るくなった。
「マドモアゼル、お加減が宜しくなったのですね?
この私がどんなに心を痛めたか、貴女はご存じですか?
しかし、良かったです。午前中のゴタゴタに貴女様を巻き添えにする事がなく、落ち着いたこの時刻にいらっしゃって下さり、安どいたしました。
さあ、取りあえず、ジョルジュにコーヒーか、ショコラでも淹れさせてごゆっくりしてください。落ち着かれたら、最近できたお洒落なカフェにでも出かけましょう!」
オスカルが、口を挟む間もなく、ジェローデルは歌でも歌うように、こう述べた。
漸く、ジェローデルが息継ぎをする為、口を閉じた所に、オスカルの超ど級の雷が落ちた。
「話は、聞いてきた。
何故、車寄せにフェルゼン家の馬車がいるのだ!
彼と分からないように、此処から出さなければならないと、思わなかったのか~!?」
オスカルは、当たり前の事を、怒鳴り声で聞かせた。
すると、驚いた事に、驚いたように、ジェローデルは、
「フェルゼン伯爵を、お屋敷にお帰り頂くのに、相応しい馬車がございませんでした。ああ、勿論、ジェローデル家の馬車も御座いますが、そちらは本日、体調がすぐれない隊長をお慰め差し上げようと、こちらにお着き次第、カフェにでもお連れしようと残す必要があったのです。
問題は、全てこのジェローデルが解決しました。
さあ、カフェに行って、私たちも旧交を温めませんか?
美しい方?!」
もうもう、オスカルは仮病だったのが、ホントに具合が悪くなってきた。
眩暈で倒れそうになるのを、かろうじて踏ん張り、超超ど級の雷を落としたい所だったが、人間は、怒髪天になるほど、静かに、冷静になり、丁寧に話す時もある。オスカルにとっては、今だった。
「では、ジェローデル少佐、解決されたと言っていたが、
車寄せの、フェルゼン家の馬車の中は、誰ひとり、・・・馭者などを除いてだが・・・お乗りになっていなかった。
今、フェルゼン伯爵は、どちらにおいでなのかな?」
オスカルは、微笑みさえ浮かべながら、ジェローデル少佐に訊ねた。
もしかしたら、これが、ジェローデルをお払い箱にするチャンスかもしれないとも、思っていた。
対する、ジェローデルも、良い所の貴族の貴公子然として、
「フェルゼン伯爵は、30分ほど前、この部屋を、お出になりました。
車寄せまでの、順路を説明しましたし、説明するほど、込み入ってもいないのですから、もう馬車の人となっている事でしょう。
マドモアゼルが、彼にお会いにならなかったのは、マドモアゼルが、どちらかにお寄りになっていらしたのではないのでしょうか?」
袖口のレースを整えながら、話すジェローデルを今日こそ、ぶん殴ってやろうと思った事はなかった。
だが、フェルゼンの件の方が先だった。
「30分前と言ったな?
此処から、車寄せに行くまで、5分とかかるまい!
フェルゼンは、亀の様な歩き方でもしているのかね?
それに、フェルゼン家の馬車を呼んで、もし、隊士の中の誰かが、気づいたらどうするつもりなのだ?
昨夜から、2度も庭園を、ウロチョロしているのを、見つかっているのだぞ!?」
ジェローデルは、なにをマドモアゼルは、慌てているのかと、訝しがりながら、
「フェルゼン伯爵は、れっきとした貴族。
それも、スウェーデン人ながら、宮廷にも出入りを許された、貴人です。
何時、庭園を歩いていられても、彼の自由だと思いますが・・・。
何か、問題でもあるのですか?マドモアゼル?」
もう、オスカルを止めるものは、この部屋にはいなかった。
右手を思いっ切り後ろに振りかぶり、左手で、ジェローデルのクラバットを掴んだ。今まさに殴ろうという時に、此処にはいない、愛する男性の声が聞こえた。
・・・武官は、感情で行動するものではない・・・。
・・・武官は、感情で行動するものではない・・・。
・・・でも、人間だ・・・。
オスカルの手が、降ろされた。
ジェローデルは、真っ青になって固まっていたが、すました笑顔を取り戻すと、
「マドモアゼル、冗談が過ぎますよ」
シレっと言った。
オスカルは、今度こそアンドレの言葉を無視しようかと思ったが、愛する男性の言葉は、重かった。
「ジェローデル少佐、フェルゼンがあの時間に何故、庭園を歩いていたと思っているのだ?
夕涼みなどと、惚けた事をいうな!」
オスカルは、ジェローデルが、話し出そうとするのを無視して続けた。
「さる高貴な女性と、お会いしていたと、考えないのか?
それとも、君は世情に疎いのか?」
な・・・なんと、うかつな・・・。
そうだったのか・・・。
ジェローデルは、脱力した。
それを見たオスカルは、次の話題に移った。
「フェルゼンは、30分前にここを出たと言っていたな?
どの、順路を教えた?」
ジェローデルは、増築に増築を重ねて、入り組んだ衛兵隊の建物だが、割とわかりやすい最短距離を教えていた。オスカルは、ロジェにその通路を通って、もう一度、フェルゼン家の馬車が車寄せにまだいるか。いるのならば、中に人は乗っているのか、見て来るように伝えた。
ロジェは、直ぐに司令官室を出ると、走り去る足音が聞こえ、オスカルが、イライラする直前に戻って来た。
馬車は、まだいます。中には誰もいらっしゃいませんでした。
ロジェが、テキパキと答えた。
オスカルの顔が、真っ青になった。何故?ジェローデルの案内は(残念ながら)的確だ。何処に消えたのだ・・・フェルゼン・・・。
オスカルは、そこにいる全員に、フェルゼンを探し出すよう命令をした。
しかし、また、能天気な貴公子然とした男が反対した。
司令官室に、人気が無くては困ります。
それに・・・ロジェとジョルジュは、フェルゼンの顔を知らないはず。
どうやって探すのですか?
遂に、オスカルの堪忍袋の緒が切れた。
「いい!わたしに構うな!ジャルジェ家のもので探す!
おまえは、自分でお茶でも淹れて、ほっこりしていろ!」
と、言うなり、ロジェとジョルジュを従えて、出て行った。
司令官室を出るとオスカルは、2人に手分けをして探すよう命じた。
すると、ジョルジュが、件の紳士の顔は見知っていますが、私は勤務時間の殆どの時間を司令官室で過ごしています。ですから、衛兵隊内は、不案内です。と言った。
一方のロジェは、衛兵隊内はよく知っているが、その貴族さまの顔は垣間見ただけなので、記憶にない・・・と言いだした。
仕方がないので、2人で組んで、探すよう命じた。
三人は二手に分かれて、猛ダッシュした。
その頃、フェルゼンは、脂汗を掻いて、焦っていた。
行けども、行けども、外に出ないのである。
やっと、明るい所に出たと思ったら、練兵場だった。
多くの衛兵隊員がいて、あたふたと戻った。
が、来た方ではなく、また違った所へ行ってしまったようだ。
が、皆、下士官らの部屋ばかりで、どこもかしこも同じに見える。
かつて、ヴェルサイユ宮殿で、オスカルの部屋だと思って、アントワネットさまの部屋に飛び込んだが、あの時の方が、マシだと思えてきた。
前方に、大きなドアがあり、中から人の声が聞こえてきた。
避けようかとも思った。
だが、この際だから、もう一度順路を聞いてもいいかとも思った。
その時、ドアが中から開いた。
手に小さな本の様なものを持った、アランだった。
ふと、目が合った。
途端、アランは回れ右をして、何もなかったように室内に消えた。
フェルゼンは、アッっと、手を上げて止めようとしたが、遅かった。
が、直ぐにアランが消えたドアに突進した。
ドアノブに手をかけた。
しかし、鍵がかかっていた。
アランが戻ったと同時に鍵をかけたのである。
だが、フェルゼンにとって、このドアの向こうに、この難破船の助け舟があると必死だった。
ドアノブをひねってみた。
ひねって押してみる。
それでもダメなら引いてみた。
びくともしなかった。
こうなったら、壊すしかない。と、大貴族の、紳士である、フェルゼンとは思えない考えが浮かんだ。
人間困難に合うと、何をしでかすか、分からない時もあるのである。
後ろの壁まで、下がってみた。
足でけ破ろうか・・・体当たりするか・・・。
足元を見た。
つい最近、アントワネットさまから頂いた、大切な靴を履いていた。
これを、台無しにする事は出来まい。
体当たりだ!
腕まくりをすると、一応周りを見渡した。
すると、アランの入ったドアの隣に、もう一つドアがあった。
拍子抜けした。
が、気を取り直して、そのドアを勢いよく開けた。
衛兵たちが寛いでいた。
ビリヤードをしているものもいる。
カードで賭け事をしているものもいた。
だが、フェルゼンの探し人・・・アランの姿が見えない。
目を凝らしてみると、部屋の奥の暗がりに向こうを向いて座っていた。
これこそ、助け舟!命の恩人となる人!(なんと大袈裟な!)
声を掛けようと、まるで、恋人の元へ走り寄るように、歩を進めようとしたら・・・。
11丁の銃口が向けられた。
「うっ!」
「まてっ
あやしい、やつ!」
「逮捕する!」
「名を名乗れ」
衛兵たちが、銃を構えて、フェルゼンを取り囲んだ。
フェルゼンは、この24時間内3度目の、
「あやしい者ではない、通せ!」
と、タカビーに言った。
これが、衛兵たちに火をつけた。
一方、奥の方で聞いているアランは、笑いを押さえていた。
「ふざけるな!!
名をいえないというのなら、詰所まできてもらおう!」
アランが、手の届くところにいるのに、通せんぼされてしまった。
だが、ここで諦める訳には、いかなかった。
「通せと言っているのだ、衛兵!!」
言いながら、遠くのアランに声が届けと祈った。
そこへ、
「何を騒いでいる?!」
正真正銘、衛兵隊隊長、オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェが現れた。
「フェル・・・。」
オスカルは、絶句した。まさかこのような所に迷い込んでいるとは、想定外だった。
だが、この場面、原作ではまだ、反抗的だった隊員たちも、こちらでは好意的だった。それでも、夜勤が明けて、仮眠を取って、寛いでいる兵士たちのたまり場。
このような場所に、見知らぬ顔が出入りしているのを、見ぬふりするわけにはいかなかった。(当たり前である)
「あやしいやつなので、逮捕しました。
名まえを名のりません」
と、至極当たり前の事を、上官であるオスカルに告げた。
オスカルは、途方に暮れてしまった。
天を仰いでみるが、煤けた天井が見えるだけだった。
しょうがないので、原作通りに言ってみた。
「お通ししろ・・・
わたしが身元を保証する」
しかし、集まっている第1班の面々は、アンドレ不在のこの一年間。何が何でも隊長を『お守りする』と、皆で集まらないながらも、暗黙の了解で団結していた。
だから、こんな時刻に、こんな所まで、入って来る怪しい者に、敵意丸出しだった。それでなくても、昨秋、大事な隊長に畏れ多くも、結婚を申し込んだ、ジェローデル少佐が、司令官室に現れているのである。
今度も、そのような輩かと、危ぶんでいた。
オスカルが、観念した。と言った風に、口を開いた。
「陸軍連隊長で、あられるぞ!!」
「え゛・・・。」隊員たちの何名かが、素っ頓狂な声を上げた。
「そ・・・そのような、方が、ど・・・どうして、俺らの、娯楽室兼食堂に、あ・・・現れるんだ?!」
「そうだ!そうだ!」
「おかしいぞ!」
またもや、オスカルは途方に暮れてしまった。
アンドレがいれば、この場を何とか納めてくれるだろうが・・・。
ふと、思った。正式な、身分を明かせば、何とかなるだろうと・・・。
「彼は、正式には・・・
ロワイヤル・ドウー・ポン連隊つき
員数外大佐。だ!」
これで、事態は、丸く収まるとオスカルはホッとしながら、口を閉じた。
第1班の隊員たちも、口をポカーンと、開けたまま固まっていた。
実際の所、意味が全く分からなかったのである。
漸く、フランソワが、どうにかわかる部分を聞いてきた。
「隊長!
員数外って、何ですか?!」
周りの隊員たちもざわざわしてきた。
え゛・・・
今度は、オスカルが固まってしまった。
そして、フェルゼンの方を見た。
オスカルに、問いかけられるように見つめられた、フェルゼンは、
ただただ、左右に首を振るだけだった。
実は、彼もこの地位を、アントワネットさまから頂いたものの、意味が分かっていなかった。だからといって、アントワネットさまに、お尋ねするのもはばかられ、今に至っていた。
絶体絶命だった。
その時、オスカルの心に、アンドレに声が聞こえた。
・・・酒と、食べ物さえあれば、奴らは懐柔できる。・・・と。
・・・さらに、美女がいれば、完璧だ!・・・と。
普段のオスカルが、戻って来た。
昨夜の諸君の、夜勤をねぎらう為、今夜は、この員数外大佐から、無礼講のもてなしをしてもらう。
ついては、他の班には内密にしたい為、密かに、店を選び、わたしに伝えてくれ!
勿論、わたしも行くぞ!当然、彼も行く!
オスカルは、最後の一言は、勢いで言ってしまった。言ってしまってから、しまった。・・・と、思ったが、口から出た言葉を戻すわけにもいかず、目を白黒しているフェルゼンと、顔を見合わせた。
兎に角、言ってしまったし、酒と料理と、超美人の隊長と、アンドレ無しで呑めるとあって、第1班の11人は、大喜びだった。
約1人は、隅で、これまた、呆けた顔をしていた。
こうして、オスカルは、フェルゼンを衛兵隊内から連れ出し、無事に馬車に押し込み、見送った。
フェルゼンをどうにか、帰して、オスカルは心からホッとした。
やれやれと、司令官室に戻ろうか、と、振り向こうとした。
その時、いや~~~な、気配を感じた。
このまま振り返らず、ダッシュしてフェルゼン家の馬車に乗り込みたい衝動に駆られた。
しかしながら、そうもいかず、恐る恐る振り向いた。
相変わらず、すました顔の、面倒くさいオトコがいた。
一難去ってまた、一難。とは、この事なのだろうか?
こいつに、話し始められたらまた、滅入ってしまう。
オスカルは、先手を取る事にした。
「フェルゼン伯爵のお見送りか?
ならばもう、行ってしまったぞ!
それに、司令官室を無人にしては、いけないと言ったのは、君ではなかったかな?」
ふん!とばかりに、オスカルにしては、出来る限りのイヤミを言ってのけたつもりだったが、なぜかこのオトコ相手には、いつもの切れの良い、シニカルな物言いが出来なかった。だから余計、このオトコと話していると、頭痛がしてくるのであった。
兎に角、オスカルが、もう向こうに行ってくれ!との意味を込めたはずだった。それなのに、オスカルの言葉を聞いてなかったのか、それとも無視しようとしているのか、ジェローデルは、
「新しい隊員が、到着しました。
ただ今、身体検査、体力測定などをさせています。
身支度が整い次第、隊長にお目通りしたいとの事。
一介の、衛兵が・・・と、思ったのですが、ド・ギランド艦長からの親書を持っているとの事です。
頃合いを見計らって、隊長も司令官室にお戻りしていたしたく、私めが、エスコートに参りました。」
オスカルは、心底ゲンナリした。
何で、この男の言う事には、余計な事が付いてくるのだ!
オマケに、ジェローデルは、『この手をお取りください』と言わんばかりに、右手を差し出している。
オスカルは、しばらくジェローデルの手を見つめていたが、司令官室に向かって、猛ダッシュした。途中で、フェルゼンをまだ、探していた、ロジェとジョルジュに会った。兎に角、付いて来い!と言って、三人で走った。
廊下は走ってはいけません!と、常日頃、隊員達に怒鳴り散らしていたが、そんな事お構いなしだった。
司令官室に飛び込むと、オスカルは、ロジェにドアを閉めて、鍵をかけろ!と命じた。
え゛・・・それでは、ジェローデル少佐が・・・。と言うのを、構わない!と一刀両断して、やっと、自分の執務席に落ち着いた。
ジョルジュも息を切らしていたが、生粋のお茶当番、オスカルの為に、ここは、ショコラだろうと、給湯室に向かって行った。
ドアの外では、誰かが、ドアを叩き、なにやらわめいていたが、ジャルジェ家の3人は完全に無視していた。
*******************
やがて、いつ戻ったのか、ダグー大佐に連れられて、新入りの隊員・・・ロジャー・メドウス・テイラー・・・が司令官室にやって来た。
一目見るなり、オスカルが、ヒュ~っと口を鳴らした。
側に控える、ロジェも目を丸くして、己の主と見比べた。
ロジャーは、ニヤリと笑って、新任の挨拶をし、ド・ギランドからの、親書を渡した。
この場で、確かめて欲しいとの伝言です。と、男の身なりとは裏腹に、キッチリと告げた。
うむ。と言いながら、オスカルは、そんな面倒くさい事をしなくても、LINEでいいじゃないか!と、心の中でぶちぶち言いながら、一応もっともらしく、開いてみた。
目が点になった。固まっているオスカルを心配して、背後に立つ、ロジェがオスカルの手元を覗き込んだ。ロジェも固まった。
「なんなんだ?!これは?!
おまえの仕業か?それとも、ド・ギランドがわたしをおちょくっているのか!?」
オスカルは、親書をロジャーの方に向けた。
ロジャーは、平然として言った。
「それは、ド・ギランド艦長と私からの、『愛』です」
そして、オスカルに向かって、ウインクした。
オスカルが、肘を机に乗せ、手を額に当てて、俯いてしまった。
親書には、紙面いっぱいに、真っ赤なキスマークがあったのだ。
何を考えているのだ!あの親友は!?
年上で、世事に長けて、その上、ゲイだから安心して、頼って付き合ってきたのに・・・。
これからは、アイツとの距離を考えなければならないな・・・と、オスカルは、考えた。
ド・ギランドとの事を考えていると、新入りが、
「上官は、女性で、フランス一の美人だが、年上である上、もう決まった相手がいるから、ユメユメ、変な気は起こすなよ!・・・と、艦長に言われてきました。」
ふむふむと、オスカルは、気を取り直して聞いていた。
すると、
「でも、貴女の様な、美人で、しかも、キュートで、面白い人が、上官で、毎日会えるなんて、光栄です。
・・・で、今夜の予定は、どうなっていますか?
宜しかったら、私にヴェルサイユの町と、ヴェルサイユの味を案内してくださいませんか?」と言ってきた。
隣で聞いていた、ロジェは、目を白黒させている。
この事を、アンドレにどのように、どこまで伝えたらいいのか、頭の中が混乱してきた。そう、ロジェは、今夜、オスカルが、第1班とフェルゼンとの吞み会の予定が入っている事を、まだ知らなかったのである。
司令官室に怒声が響いた。
ぶ・・・無礼者―――――!
し・・・し・・・司令官室をなんと心えておるか!!!!!
クスッとロジャーが、笑った。
「ド・ギランド艦長が言っていた通りの方ですね。
軍人そのものに見えるのに、実は可愛い方だと、聞いてきました。
こちらが、ド・ギランド艦長からの親書です。
どうぞ、お受け取り下さい。」
へ・・・?
オスカルが、意味が分からないって顔をした。
ロジャーは、色男ぶりをプンプン漂わせながら、
「ああ、先ほどのは、私がこちらに来るまで、退屈だったので、通りすがりの店で会った女の子に頼んで作りました。お気に召されませんでしたか?」
タジタジになった、オスカルは、このオトコを海に投げ出したくなった。
確か、ド・ギランドは、海軍でも持て余していると言っていたが、こちらでも、持て余しそうだ。ジェローデルとロジャー・・・2人とも何とかして、お払い箱にしなければならない。(>_<)
が、ロジャーが手渡した二通目の封筒の裏には、ド・ギランドの封がしてあった。正式な、親書の様である。ペーパーナイフで開き、一読した。
またまた、目が点になってしまった。
え゛・・・このオトコが・・・。
そうなるのか・・・?
そうなれば、ひとつは、片付くが・・・。
本当にこのオトコで、出来るのだろうか・・・?
オスカルは、もう一度、ド・ギランドの親書を読んだ。
書いてある事に間違いはなかった。
文字も、正真正銘、ド・ギランドのものだった。
ニコニコしながら、ロジャーがオスカルの執務机に両手を置いて、屈みこんでオスカルの反応を見ていた。
「君は、この親書の内容を知っているのか?」
オスカルが、目が点になったまま、神妙に尋ねた。
「もちろん!」
即答が、返って来た。
「ある人物が、司令官室で我が物顔をしているのを、追い払いたいと、貴女が切実に思っていらっしゃると、聞いてきました。それには、私のスキルが役に立つのだとも、聞きました」
「ふ~ん。この司令官室で、どの様なスキルが必要なのかわかっているのか?
それに、わたしは、おまえのスキルとやらを知らない!腕力だけでは、務まらないぞ!」
オスカルと、ロジャーは、商談段階に入って来た。
ド・ギランドからの、親書には、今、ジェローデルがやっている位の仕事なら出来るスキルがある。奴をうまく使って、ジェローデルを追い出せ!・・・と、だけ書いてあった。相変わらず、肝心な事が書かれていない。
ド・ギランドらしいと言えば、それまでだが。
「では、1週間!試用期間を設けては如何でしょうか?
それでだめなら、一兵卒にしてください」
自信満々に、ロジャーは、言ってのけた。
こう言われては、NOとは言えない。それに・・・ジェローデルをお払い箱に出来る!と言うのもありがたかった。だが、このオトコも少々、いや、かなりうざい気もする。
分かった。1週間だな!それでだめなら、第3班がおまえを待っている。
それと、あくまでも、わたしとおまえは、上官と従卒。その立場を忘れないように!いいな!と、オスカルは、念を押した。
が、しかし、色男ロジャーも引き下がらない。
「確か、貴女・・・失礼、隊長は、従卒と恋仲になったと聞いています。
ですから、私にもチャンスはあるはずですが・・・」
「彼は、わたしの幼なじみで、『遊び相手兼護衛』だ。そこら辺にいる男とは、付き合いが違う。もう・・・(と言って、オスカルは素早く引き算を始めた)27年の付き合いだ。おまえは勿論、他の男の入る余地はないぞ!」
オスカルは、自信満々にのろけた。(天然だから)
ロジャーは、分かりました。当分は大人しく、仕事をします。でも一年間あるのですから、心変わりするかもしれません。それを、期待して待ちましょう。
で、何から始めればいいのですか?
謎のスキルを持ったオトコは、早速仕事にとりかかった。
ロジェは、覚えたての文字で、メモ帳に今あった事を書き留めようとした。
オスカルが、座ったまま、少し割愛して書けよ!面倒くさそうに言った。アンドレなら、この位の事、笑ってスルーしてくれるに違いないが、会って直接伝えるのと、他人から聞くのでは、おかしな妄想が入ってしまう恐れがあった。
ジェローデル少佐は、相変わらず、部屋の外だった。
また、オスカルは、かなり考えた末に、今夜の宴会の段取りをしているフランソワに、1名追加の報告をした。
つづく
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COMMENT
お久しぶりの書き込みです(^^)
もうびっくりして思わず。
きゃぁあぁ〜、ロジャーが、ロジャーが…笑
まさかアンドレのライバルになる日が来るとは夢にも思いませんでした!!!
薄紅香さまの豊かな想像力にはホント感服致します!
オールスターばんざい、これからも先の読めない展開を楽しみにしております♪
もうびっくりして思わず。
きゃぁあぁ〜、ロジャーが、ロジャーが…笑
まさかアンドレのライバルになる日が来るとは夢にも思いませんでした!!!
薄紅香さまの豊かな想像力にはホント感服致します!
オールスターばんざい、これからも先の読めない展開を楽しみにしております♪
hamaさま
書き込みありがとうございます。
はい!私も、この様な展開になるとは、思っていませんでした。指が勝手に、キーボードを叩いていたのです。
これからどうしましょう?
私もどうなるのか、楽しみにしています。
書き込みありがとうございます。
はい!私も、この様な展開になるとは、思っていませんでした。指が勝手に、キーボードを叩いていたのです。
これからどうしましょう?
私もどうなるのか、楽しみにしています。
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